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知取気亭主人の四方山話
 

『地名は歴史を表す?』

 

2020年4月22日

「金沢市主計町」、皆さんは金沢市に続くこの町名、読めるだろうか。パット頭に浮かんできそうな「しゅけいまち」、ではない。「かずえまち」と読む。江戸時代の加賀藩士・富田主計(とだかずえ)の屋敷があったことに由来しているという。金沢に三つあった茶屋街の一つで、北陸新幹線開通以来金沢市の代表的観光地の一つとなった東山茶屋街の、浅野川を挟んだ反対側(左岸側)に位置していて(もう一つは西の茶屋街)、重要伝統的建造物群保存地区として選定・保存されている。実はこの主計町、今から21年前の1999年10月1日に29年ぶりに復活した町名である。1970年に「尾張町2丁目」と変更されていたものを、全国で初めて旧町名に戻した、記念すべき、画期的な町なのである。

この主計町を皮切りに、金沢市では旧町名を復活させる動きが活発になり、以来2019年までの20年間に、飛梅町(とびうめちょう)や柿木畠(かきのきばたけ)、金石味噌屋町(かないわみそやちょう)、金石海禅寺町(かないわかいぜんじまち)など、計20もの旧町名が復活している(https://www4.city.kanazawa.lg.jp/22050/kyuchomei/index.html)。金沢市が太平洋戦争の時に空襲を受けていなかったこともあって、街の区割りがさほど大きく変わっていなかったことも幸いしていたのだろう。町名変更は地元住民にとって重大事項であるにも関わらず、比較的スムーズに移行が行われた印象を持っている。

こうして古い町名に戻ってみると、外から移り住んだ私などにとっては、そんな粋な町名があったのか、と新鮮な驚きを抱くことが多い。また、古い町名に戻った途端、何故そのような町名になっていたのか、凡その見当が付くようになる。よしんば聞いただけでは分からなくても、由来を聞けば、“成る程”と納得できる町名が殆どなのだ。その地特有の歴史が見事に読み取れるからである。

ところが、そうした古い地名に比べると昨今の地名の付け方は、住民や行政、或いは土地開発業者の思惑が優先されるあまり、それまでの名前や由来などを無視した地名が増えてきていているという。そう嘆くのは、『地名崩壊』(角川新書、2019)を著した今尾惠介氏である。その地域にまつわるこれまでの歴史を無視したそうした名前の一つとして、著者が挙げているのが、全国的にも話題となった、あの新駅の名前である。先月、山手線に約半世紀ぶりに登場した新駅は、その名も「高輪ゲートウェイ」。東京都民ではないが、漢字文化に慣れ親しんできた身としては、よそ様の駅名とは言え、どうも横文字はしっくりこない。報道で知ったが、都民にもあまり評判は良くないという。

本書に依れば、駅名公募に集まった64,052件の中で一番多かったのは、「高輪駅」の8,398件、次いで「芝浦駅」の4,265件、採用されたくだんの「高輪ゲートウェイ」はたったの36件、順番は130位だったという。そんなにも低位の名前が、何故採用・命名されたのだろうか。著者は、「高輪ゲートウェイ」は公募するまでもない、JR東日本の既定路線だったのではないか、と疑問を投げかけている。歴史的に言えば「高輪」は数百年経つ古い地名で、もし採用されていれば、同じ様に歴史のある田町駅や品川駅、大崎駅など周辺の駅名とマッチしたのに、と惜しんでいる。そして、余程腹が立ったのだろう、「ゲートウェイ」を、「商業的思惑を帯びた夾雑物」と一刀両断している。辛辣な表現だが、地名に寄せる著者の並々ならぬ愛情があるからこそ、なのだろう。

この他にも、そこの土地や地域が持つ歴史を無視した、商業的思惑を前面に出したと思われる地名が紹介されていて、それらの多くは、売らんがため、みんなが憧れる様な雰囲気を持つネーミングが考えられ、付けられていったという。その代表例の一つとして引き合いに出されているのが、新興住宅地として開発された東急多摩田園都市である。「田園都市」という言葉は、英国で始まった「ガーデンシティ」を和訳したものらしく、何となく“自然豊かな広々としたお洒落な街並み”というイメージを持ってもらうために、それこそ憧れてもらうために、付けられたのだろう。

事さように、歴史を無視した地名が巷に溢れるようになって来た、と著者は嘆いている。商業主義が、そこの土地が持つ地形的特徴なども消し去っている、とも指摘している。そうした指摘でドキッとしたのが、2014年(平成26年)8月に発生した広島市安佐北区と安佐南区で発生した大規模な土砂災害についての記述だ。「被害が激しかった安佐南区八木地区の『蛇落地』という地名は、造成した土地を売らんがために字面の良い『上楽地』に改めた」との報道が実しやかに広がり、私もそれを信じていたのだが、著者が調べたところによると、どうやら忌まわしい地名を隠した意図はないという。詳しくは本書を読んでいただくとして、調べもせずに伝聞を単純に信じてはいけないと、赤面した次第である。

ところで、「地名崩壊」とは、言い得て妙の題名である。著者の地名に対する関心事がズバリ言い表されているからだ。その根底にあるのは、本書に引用されている、明治新政府の太政官達第83号なのだろう。明治新政府は、その太政官達で、「各地に唱ふる字の儀はその地固有の名称にして往古より伝来のもの甚だ多く、…みだりに解消・変更いたさぬよう」と釘を刺していたという。もし、JR東日本の人たちがこれを知っていたら、「高輪ゲートウェイ」に決まっていたのだろうか?


【文責:知取気亭主人】


地名崩壊 「地名崩壊」

【著者】 今尾 恵介
【出版社】 KADOKAWA
【発行年月】 2019/11/9
【ISBN】 978-4040823003
【頁】 264ページ
【定価】 860円 + 税

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