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知取気亭主人の四方山話
 

『パンデミックと自然災害』

 

2020年5月13日

新型コロナウイルスの感染拡大が一向に衰えを見せない。例によって米ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、日本時間12日午後4時の時点で、世界の感染者数は417万人を超え、死者数は30万人目前まで迫っているという。どちらも、1ヶ月ほどの間に約4倍に増えたことになる。このウイルスの噂が世界中に広がり始めた時点では、誰がこんな惨状を予想していただろうか。この凄まじいばかりの感染力、いつまで持ち続けるのだろう。もう直ぐ、ウイルスの活動が鈍ると噂されている高温多湿の季節の到来なのだが…。

ところで、このコロナ騒動の陰に隠れてしまっているが、日本には別の心配事が息を潜めている。今年ばかりは“早く来い”と秘かに念じているその高温多湿の季節に頻発する豪雨や、季節も時間も選ばず突然襲ってくる地震である。特に、予知が難しい地震に関しては、以前から南海トラフや首都圏直下などの大規模地震の切迫性が叫ばれていて、実は、今はいつ発生してもおかしくない状態にある。そんな状態で起こった、今回のこの感染症騒ぎ。「同時に起こらないでほしい」と願っているのだが、先日、そんな事が実際昔あったという驚きの事実を知った。情報源は、8日朝のNHKラジオ番組、「三宅民夫のマイあさ!」だ。

番組の「真剣勝負!」コーナーに出ていた高村ゆかり東大教授が語ったところに依れば、スペインかぜが流行していた1918年当時、長野県で「大町地震」と呼ばれる地震が発生して感染被害を拡大した、というのだ。初めて聞く話である。そこで早速調べてみた。手元にある『日本被害地震総覧 599−2012』(宇佐美龍夫、石井寿、今村隆正、武村雅之、松浦律子著、東京大学出版会、2013)には、確かにこの地震のことが記載されている。「大町地震」と名付けられたこの地震は、1918年11月11日(大正7年)に長野県大町付近を震源として発生した。4年前に発生した熊本地震と似ているところがあって、大きな地震が立て続けに2度発生したらしい。午前3時ごろ発生した地震がM=6.1、夕方の4時ごろのものがM=6.5と観測されていて、長野市や松本市を含む広い範囲が強震域だったとされる。

さて、もう一方のスペインかぜは、東京都健康安全研究センター年報,56巻,369-374 (2005)『日本におけるスペインかぜの精密分析(インフルエンザ スペイン風邪 スパニッシュ・インフルエンザ 流行性感冒 分析 日本)』(http://www.tokyo-eiken.go.jp/sage/sage2005/)に依ると、1918年から1920年に流行し、日本における患者数は2,300万人、死者は38万人に上ったとある。終息までに2度の大流行があったらしい。要旨に書かれているその辺の状況を原文のまま紹介しよう。

「スペインかぜの1回目の流行は1918年8月下旬から9月上旬より始まり、10月上旬には全国に蔓延した。流行の拡大は急速で、11月には患者数、死亡者数とも最大に達した。2回目の流行は1919年10月下旬から始まり、1920年1月末が流行のピークと考えられ、いずれの時も大規模流行の期間は概ねピークの前後4週程度であった。」(原文のまま)

これを読むと、「大町地震」が発生したのは、丁度1回目の大流行のピーク時であったことが分かる。1918年当時の日本の人口は凡そ5670万人ほど(総務省統計局)であったから、全国民の2.5人に1人が感染したことになり、国中が騒然とした状況であったことは想像に難くない。現在のコロナ騒動は、確かに経済活動や市民生活などは大幅な制限がなされてはいるが、この凄まじいばかりのスペインかぜに比べれば、感染者数や死亡者数を見ても遥かに状況は良い筈である。にも拘らず、今の日本の医療現場は疲弊し崩壊寸前の状況にある。これにもし地震災害などの自然災害が加わったら、と思うとゾッとする。自然災害によって設置・運営される避難所は、正に3密状態の典型になるからだ。

実は、ゾッとするのはそれだけではない。『日本被害地震総覧 599−2012』を読んでいて気が付いたのだが、このスペインかぜの時の「大町地震」と、コロナ騒動真っ只中の先月松本付近で頻発していた群発地震の発生域が、また「大町地震」後に起こった別の地震の発生域と、現在頻発しているある地域の地震が、妙に符合しているのだ。科学的根拠があるわけではないが、何か気になる。加えて、その後に発生したある巨大地震が、今危惧されている巨大地震の発生を暗示しているのではないか、と不安で仕方がない。

「大町地震」後に発生した地震とは、3年後の1921年12月8日(大正10年)に茨城県龍ヶ崎付近を震源として発生した、M=7.0の強い地震である。そして、今5月に入って頻発しているのが、茨城県や千葉県など関東地方を震源とする地震だ。時間的なズレは多少あるものの、地震にとってはこの程度のズレは誤差の範囲である。だとすると、これら位置関係の符合、何となく気持ち悪くないだろうか。

そして、もっと気になるのが、「大町地震」から5年後、言い換えればスペインかぜの1度目のピークから5年後の1923年9月1日(大正12年)に巨大地震、関東大震災(M=7.9)が発生している事である。しかも、同じ首都圏を揺らす首都圏直下地震の発生も、今正に切迫していると言われている。そればかりではない。防災科研のJ-SHIS 地震ハザードステーション(http://www.j-shis.bosai.go.jp/map/)に掲載されている「確率論的地震動予測地図」で示されている通り、太平洋側を中心に日本の広い範囲が、今後30年の間に激しい揺れに襲われる確率が高いとされている。これらの地域では、いつ起こってもおかしくない状態なのだ。歴史は繰り返す、と言う。杞憂に終わってくれればいいのだが…。


【文責:知取気亭主人】


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