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知取気亭主人の四方山話
 

『千載一遇のチャンス』

 

2020年6月25日

最近、世界保健機関(WHO)テドロス事務局長の「新型コロナウイルスの感染拡大は加速している」との注意喚起が、良く報じられるようになってきた。新たな感染者が、日を追うごとに増えているからだ。感染急拡大の新たな地域が増えたことや、世界各地で広まりつつある経済活動の再開によって再び増加傾向の国が出てきていることが原因だ。経済の落ち込みは無論心配だが、感染拡大が続く中での再開は拙速ではないのか、と気が気ではない。再開したことによる“気の緩み”も大いに気になる。

実際、世界の感染状況はどうなのだろう。ジョンズ・ホプキンス大学の集計によれば、日本時間6月24日午前3時時点で、感染者数は915万人を、死者数は47万人を超えたという(NHK NEWS WEB)。4月29日に掲載した四方山話『テレワーク事始め』の中で、「感染者数は308万人、死者は21万人を超えた」と記載しているから、この2ヶ月足らずで感染者は実に607万人、死者も26万人増えたことになる。恐ろしい増え方だ。まだまだ油断は禁物である。ただ、緊張の連続ではストレスがたまるばかりだ。たまにはコロナを忘れて何かを楽しむ時間も必要だ。ということで、先日、手作りの装置を使って、とある千載一遇のチャンスを楽しませてもらった。今回はその報告をしたい。

「父の日」となった21日の日曜日は、昼間の時間が一年で最も長くなる“夏至”でもあった。その夏至の日に、珍しい部分日食の天文ショーが見られた。日食そのものは特筆すべきものではないのだが、珍しいのは、その発生時期である。気象予報士の森田正光氏が情報発信している「近ごろの天気は…」(https://news.yahoo.co.jp/byline/moritamasamitsu/)によれば、今回の“夏至の日の日食”は、何と、1648年以来372年ぶりだというのだ。今日本で暮らしている人は、誰も見たことがない天文ショーなのだ。

しかも、当日の天気予報を見れば、この梅雨の時期にも拘わらず、「弁当忘れても傘忘れるな」と言われる金沢が、ラッキーなことに晴天の予報だ。これまで金沢でも見られた筈の天文ショーが当日の悪天候で見られなかったことが、数え切れないぐらいあるのに、こんなチャンスは滅多にやってこない。以前会社で観察した金環日食(2012年5月21日、第464話『誤差』で取り上げている)も珍しい天体ショーだったが、こちらは10年後の2030年にも北海道で見られるというから、若い人はまだ見られるチャンスはある。しかし、今回の“夏至の日の日食”は、もう絶対に見られない。

実は、夏至の日の日食が極めて珍しい事は、金曜日のNHKラジオで既に聞いていた。しかも、その番組で、「次回夏至の日に日食が見られるのは、〇百年後だ」との、気の遠くなるような話もしていたのだ。要するに、私が生きている間にはもう見るチャンスはない、ということである。この四方山話を書くにあたって、忘れてしまったその“〇百年後”が気になり、調べてみた。すると、森田氏のサイトに、「2802年なんてデータも…」と書かれているではないか。何と、凡そ800年も先である。となると、やはり後にも先にも、私が見られるのは今回だけである。尤も、チャンスは今回だけ、と言うのは今日本で生活している全ての人に言えるのだが…。

さて、観測方法だが、2012年5月の時(以下、前回)と同じ、ピンフォールカメラの原理を応用することにした。ただ、今回は特別な日だということもあって、ピンフォールの数や配置を工夫して、“日付”と“夏至であること”も分かるようにした(写真-2)。また、前回の観測では、影を写す紙が固定されておらず写真を撮るのに苦労したことから、今回は段ボールの空箱を使い、写真-1に示す簡単な観測箱を手作りした。太陽に向ける側(写真-1では上面)の段ボールを切り取り、代わりに写真-2に示したコピー用紙を張り付けてある。そして、影が投影される底面(写真-1では下面)の内側が見られるように、観測窓として底面近くを1/5ほど切り取ってある。2時間ほどで作った、いたって簡単な観測箱ではあるが、頭の中で構想を練り、段ボール相手に凡そ2時間、童心に帰って楽しませてもらった。

写真-1、観測箱全景
写真-1、観測箱全景
写真-2、上端に貼り付けたピンフォールを開けた紙
写真-2、上端に貼り付けたピンフォールを開けた紙

写真-3、記念すべき観測写真
写真-3、記念すべき観測写真

そうやって、17時ごろに観測したのが写真-3である。日付や「げし」の文字は、ピンフォールが近すぎるため干渉しあって、欠けているのは良く分からないが、“>マーク”の影は欠けているのがハッキリ分かる。また、年と月、月と日の区切りの点もクッキリと欠けている。手前が明るくて見にくいのはご愛嬌として、自画自賛させてもらえば、今世紀中はおろか大分先まで、日本においてはもう誰も同じ写真を撮ることができない、きわめて希少価値の高い写真なのだ。バンクシーの作品に匹敵するかも…。

それは冗談にしても、同じ天文ショーは凡そ800年先にならないと起こらないというから、千年には200年程足りないが、これこそ正に“千載一遇のチャンス”であったと言える。

【文責:知取気亭主人】

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