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知取気亭主人の四方山話
 

『失われゆく生物多様性への関心』

 

2020年11月18日

少し前なら、アキアカネの初見かモズの初鳴き。車を運転しながら聴く、朝のNHKラジオから流れてくる気象情報だ。全国の気象台が行っている「生物季節観測」の情報である。ひと月ほど前の秋の彼岸の頃にはヒガンバナ、それと前後する様にキンモクセイの話題が各地から届けられていた。さしずめ、春ならウメ、サクラの開花に始まりウグイスの初鳴きだ。そしてツバメの初見へと、季節の移り変わりに合わせ身近な生物の情報が届けられる。そうした情報を聞くと、家の近所でもう見たぞとか、まだ聴いていないなどと、身の回りの変化に自然と関心が向く。

加えて、気象情報を担当している気象予報士は、必ず平年に比べて遅いとか早いとかの情報も併せて伝えてくれる。お蔭で、これから先の季節を自分なりに予測する楽しみを味わうことが出来るし、時には改めて地球温暖化の影響に気付くこともできる。また、日中の異常な暑さばかりに気を取られていて、「そう言えばもうそんな季節になったんだ」と気付かされることも度々だ。人工的に作り出す心地良い生活環境と引き換えに、季節の微妙な変化を感じ取る感性が衰えてきているのかもしれない。そうした衰えた感性に代わる、優れた方法がある。我々人間よりも格段に優れたセンサーを持つ身近な植物や小動物を観測して、季節変化の指標にする方法だ。冒頭に書いた「生物季節観測」である。

その優れた方法が、残念なことに、大幅に縮小されてしまうという。先週の木曜日(12日)、くだんのNHKラジオでその情報を聴いた。調べてみると、観測している植物の現象は開花や満開、或いは紅葉・黄葉や落葉、更には発芽まであって、今は34種目41現象が観測されているのだが(詳しくは、気象庁ホームページ参照、アドレスは表-2の下に明記)、来年の1月から次の表-1に示すように6種目9現象に減らされてしまい、動物に至っては、なんと全廃してしまうのだという(表-2参照)。何とも寂しい限りである。

気象庁のお知らせ(https://www.jma.go.jp/jma/press/2011/10a/20201110oshirase.pdf)より作成

気象庁のお知らせ(https://www.jma.go.jp/jma/press/2011/10a/20201110oshirase.pdf)より作成

気象庁によれば、生物季節観測は、季節の遅れや進み、気候の違いや変化を的確に捉えることを目的に、1953年(昭和28年)から実施してきたという。ところが、気象台や測候所周辺の環境がそうした観測に適さなくなってきていて、特に動物季節観測においては対象を見つけることさえ困難となってきているという。だとすると、残念ではあるが、致し方ない事と諦めるしかないのかもしれない。ただ、解決策が無い訳ではない。例えば、全国からボランティアを募集して、彼らに生物季節観測をお願いするという方法は採れないのだろうか。折角70年近くも続けてきたのに、途絶えさせてしまうのは、何とも惜しい。この先何十年後かに「ついに見られなくなった」との観測や、逆に「再び見られるようになった」との復活の観測も、続けていればこそ、である。是非、一考していただきたいものである。

ところで、我々日本人は、四季折々とよく言う。春夏秋冬である。昔の日本人は、これでは大まか過ぎるとして、更に、それぞれを初、仲、晩の更に三つに分けている。初は、初春や初夏などでお馴染みだ。仲が一番馴染みないが、「仲秋の名月」と聞けば、合点がいくだろう。晩も、晩春とか晩秋でお馴染みだ。これで、季節は都合十二に分けられたことになる。しかし、我々も実感しているが、一年をたった十二の季節で表すことは少々乱暴だと言うことで、昔の人は、更に二分する形で太陽の運行に基づいた二十四節気(にじゅうしせっき)を定め、季節の目安としている。立春、春分、立夏、夏至などで、変わった名前で記憶に残る啓蟄もそのうちの一つだ。凡そ15日毎に分けたものだ。

細分はなおも続く。この二十四節気を更に3分割、約5日毎に分け、七十二候(しちじゅうにこう)を表し生活の目安としていて、くだんの気象予報士の話にもよく出てくる。ここまで細かく分けられるのも、きめ細やかな観察があったればこそだ。それこそ、天候任せの農業には大いに役立ったに違いないし、頼りにもしていたのだろう。なお、二十四節気の“気”とこの七十二候の“候”を合わせたものが、「気候」だという。また、手紙などで時候の挨拶とよく言われるが、正にこの候である。

前振りが長くなったが、その七十二候には、現代でも通用するものが多い。例えば今頃の季節だと、晩秋(季節)の寒露(二十四節気)にある第四十九候が「鴻雁来(こうがんきたる)」であったり、初冬の立冬にある第五十五候が「山茶始開(つばきはじめてひらく)」であったり、また仲冬の大雪にある第六十二候は「熊蟄穴(くまあなにこもる)」であったりして、多少のズレはあるものの、今でもストンと腑に落ちる。その細やかな観察眼には、本当に驚かされる。正に生物季節観察である。

一説によれば、この七十二候の考え方が中国から日本に伝わったのが六世紀頃だったというから、考え様によっては、今に続く生物季節観察は優に千年以上経っていることになる。実用としての七十二候は、少しずつ変えながら明治維新直後まで使われていたというが、新暦が導入されすたれていった。しかし、自然観察の有用性が再認識され、生物季節観測を考案したのだろう。しかし、それも今年いっぱいで途絶えてしまう。それでなくても自然と接する機会が少なくなっているのに、益々生物多様性への関心が失われていくのではないか、と心配している。せめて、先ほどのボランティアの件、やってくれないかな!

尚、二十四節気と七十二候に関しては、山下景子著『二十四節気と七十二候の季節手帖』(成美堂出版、2014)を参考にした。興味ある方は、是非ご覧になっていただきたい。先人の優れた観察眼と、自然と共に生きてきた暮らしぶりに、多少なりとも思いを馳せることが出来る筈である。

最後に、いつものジョンズ・ホプキンス大学集計による感染状況を記載しておく。日本時間11月18日午前3時の時点で、感染者数は5,529万人を、死者数は133万人を超えた(NHK NEWS WEB)。

【文責:知取気亭主人】


アキアカネの初見も、もう記録されない
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