2021年1月27日
今から30年ほど前、我が子に付けた名前を巡り、裁判にまで発展した一件があった。父親は「悪魔」と名付けて届け出たのだが、一旦受理した行政が「これではまずいのではないか」と判断し、法務省に受理可否の判断を仰いだ。すると、一旦は「問題なし」との回答が得られたものの、後日妥当ではないと判断が覆り、違う名前で届け出する様にとの行政指導が行われた。夫婦はこれを不服として裁判で争うことになり、名前の異様さもあって、全国ニュースでも取り上げられるようになったが、最終的に不服申し立てを取り下げ、違う名前で届け出したという。
確かに、子供の命名は親に与えられた権利ではある。しかし、「悪魔」という響きや漢字から来るイメージは、最悪だ。悪魔という言葉の意味を理解するような年齢になった時のことを考えると、その子にとってどんな嫌な辛い思いをしなければいけないか、それでなくてもイジメが深刻な問題となっている昨今だ、想像は難くない。たかが名前、されど名前である。いずれ自分の名前の好き・嫌いも出てくる。だとすれば、物心が付いてから嫌な思いをするような名前は、避けるべきだろう。
人の名前ばかりではない。日本人は、使われる漢字や読みの響きから、縁起を担いだり、忌み嫌ったりする。結構単純なのだ。代表的なところでは、既に廃線になってはいるが、北海道帯広市幸福町にあった広尾線の駅名、幸福駅がある。近くには愛国駅もあり、「愛国から幸福行き」の区間切符は、一時大ブームとなった。1987年の廃線に伴い廃駅となったが、その縁起の良さから存続を求める声が多く、廃線後も観光地として整備されている。幸福駅の切符が買えるネットショップもある(http://koufukueki.shop-pro.jp/)。
この様に、名前などの呼び方は、日本人の心に大きな影響を与える。良きにつけ悪しきにつけ、である。だとすれば、昔から馴染んでしまっているものは別として、新たに付けるものには、誤解を招くような命名は避けるべきである。なぜこのようなことを書いているかと言えば、最近報道でよく使われる“ある言葉”に、言い様のない気持ちの悪さと違和感、もっと言えば嫌悪感を抱いているからだ。その言葉とは、「自粛警察」である。
我々一般市民が「警察」という言葉に抱くイメージは、犯罪者を取り締まり、一般市民を犯罪から守ってくれる、無くてはならない大事な組織、というのが大半だろう。子供たちにとっては正義の味方であり、特に男の子にとっては、大人になったらなりたい憧れの職業のひとつだと思う。そんな比較的良いイメージのある「警察」という言葉を使い、犯罪まがいの行為を「自粛警察」と命名したのは、如何にも短絡的で、そうした行為を部分的にでも正当化しようとする思いが透けて見える、とは言い過ぎだろうか。元々はネット上で使われ始めた言葉らしいが、意図しなくても、メディアが使えば使う程、「そうした行為を、我々メディアは傍観しています」との意思表示にもとれてしまう。
穿った見方をすれば、「折角日本中に知れ渡ったこの言葉を使えば、視聴者や読者は注目してくれる」などの考えがあるのではないかと思えてしまう。しかも、「偏ってはいるが正義感から来るものだから…」と、下手をしたら擁護の言葉すら聞こえかねない。メディアは、はっきりと、「自粛警察と呼ばれる行為は、脅迫や威力業務妨害などの犯罪に当たる可能性があります。我々メディアは、今後一切“自粛警察”なる表現は使いません」と宣言すべきだと思う。そして、そうした行為は明らかな嫌がらせだと断じた上で、素直に「嫌がらせ行為」などの表現を使うべきだ。それがメディアとしての本分ではないだろうか。
ネットで調べてみたところ、嫌がらせ行為で科される可能性がある処罰として、脅迫罪、業務妨害罪、名誉毀損罪と侮辱罪などが挙げられている。誰でも罹患する可能性がある感染症なのに、そうした行為をしている人は、歪んだ正義を振りかざしてこうした嫌がらせを意図して犯している。そう思えてならないのだ。“警察”が付くだけに犯人探しをしている訳でもないだろうが、感染した人や家族、或いは職場への嫌がらせも、自粛“警察”の名を借りて、罪の意識が無いまま行われている様に見える。
そうした嫌がらせは、感染した本人や家族に、言い様のない不安や恐怖を知らず知らずのうちに与えている。22日には、新型コロナウイルスに感染した都内の女性が、自宅療養中に自殺した、と報じられた。娘にうつしてしまったのではないか、と思い悩むメモが見つかったという。通常のインフルエンザに罹患してもこんなことにはならないのに、自粛警察に代表される陰湿な嫌がらせが、必要のない罪悪感を生じさせ、感染者や家族の心を蝕んでいる。
だから、自粛警察なんて呼び方、もう止めよう! 呼ぶんだったら「嫌がらせ行為」で十分だ!
さて最後に、いつものジョンズ・ホプキンス大学による新型コロナウイルスの感染状況の集計結果を記載しておく。世界の感染状況は、前話までの集計時間と多少違うが、日本時間1月27日午前6時半の時点で、感染者数は1億6万人とついに1億人を超えたという(NHK NEWS WEB)。残念ながら、死者数の集計は記載されていないが、第三波の勢いは一向に治まる様子を見せない。そんな中、やっと日本でもワクチン接種できる日が近づいてきた。厚生労働省は、25日に開いた自治体向けの説明会で、優先接種対象の65歳以上の高齢者に3月中旬以降、接種券(クーポン券)を発送するスケジュールを示した。早く全国民に行き渡ると良いのだが…。
【文責:知取気亭主人】
オリヅルラン
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