2021年7月14日
坂本冬美のヒット曲『夜桜お七』に、『♪赤い鼻緒がぷつりと切れた すげてくれる手ありゃしない 置いてけ堀をけとばして…♪』という歌詞がある。ここで作詞者が意図した「置いてけ堀」は、こうして文字にすると、「堀」の漢字が使われていることからも歌詞の文脈からも分かる様に、俗にそう呼ばれていた堀(※1、NHK放送文化研究所によれば、池だったらしい)を指しているのだと分かる。しかし、歌詞を見ないで耳から入ってくる音だけを聞いている時は、メロディーと言葉ばかりが耳に残り、歌詞の意味はほとんど理解できないでいた。
(※1:https://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/20180201_3.html)
その「置いてけ堀」、ネット情報によれば、「その堀では『釣った魚を置いていけ!』との恐ろし気な声がどこからともなく聞こえてきて、折角釣った魚を持ち帰ることができなかった」との怪談話があって、そこからそう呼ばれていたらしい。調べているうちに、この話、中学、高校と“ラジオを聴きながら勉強”をしていた頃に良く放送されていた演芸番組で聞いていたことを、薄っすらと思い出した。江戸時代の本所(東京都墨田区)を舞台とした、本所七不思議と呼ばれる奇談・怪談の1つだったらしい。開発された今は見る影もないが、当時としては、余程薄気味悪い場所だったのだろう。
そんな“堀”の詮索はさておいて、この「置いてけ堀」、置き去りを意味する「置いてけぼり(置いてきぼり)」の語源とされていて、現代に生きる我々は、怪談の舞台となった「堀」のことは当然ながら念頭になく、もっぱら“置き去り”の意味でとしか使っていない。しかも、「置いてけぼりを食う」などと、どちらかというと被害を受ける側を言い表すのに使うことが多いように思う。そう、何となくだが、置いてけぼりを食らった人の寂しさの様なものを感じる表現だ、と思っている。何故そんなことにこだわるのかと言えば、「すっかり置いてけぼりを食らってしまったな!」と感じることが、つい最近あったからだ。
今月に入って、スマートホン(以下、スマホ)の契約先(キャリア)と機種、そして契約(サービス)内容の変更手続きを行った。通信費を安く抑えたい、との思いからだ。「歳の割には使い慣れている」との妙な過信もあって、手続きを始めるまでは、変更など簡単だと考えていた。ところが、いざ始めて見ると、これが中々手強い作業で、当初予想に反してほぼ全面的に、店員に“おんぶに抱っこ”となってしまった。「使い慣れている」と思っていたのに、慣れていたのはメールやカメラなどのほんの一部の機能でしかなく、変更の時に必要な契約時の基本情報さえうろ覚えの有様で、聞かれる度にしどろもどろとなって冷や汗をかいてしまった。
店員に“おんぶに抱っこ”をしてもらって、何とか新しいスマホを使い出してはいるのだが、まだ以前のスマホと全く同じ状態とはなってはいない。何度やっても途中でエラーメッセージが出て仕舞い、機種変更に戸惑っている会員サイトが、僅か残っている。ただ、9割がたは以前と同じ状態になっていて、日常使うには差しさわりは無い。「これで一件落着」とはなったのだが、店員のおんぶに抱っこの活躍を傍で見ていて感じたのが、「すっかり置いてけぼりを食らってしまったな!」である。
店員はその道のプロだから当然と言えば当然なのだが、スマホを安心して使っていくためには何が重要情報で、何が秘匿情報なのか、そうした基本的なセキュリティーに関する知識が、使っている当の本人にはほぼ無く、意識も極めて低かったのだ。3年ほど前ガラケーからスマホに乗り換えた時に人任せにしていたせい、なのだろう。やはり何事も、最初の時に苦労しておかないと、自分事として身に付かないものである。そして、身に付いていないばかりに、今回、次々と質問をしてくる店員とのやり取りをしていて、「“時代”に置いてけぼりを食らってしまった!」と、ほぞを噛むことになってしまったのだ。
そしてもう一つ、置いてけぼりを感じさせられた出来事があった。店員の手早いボタン操作だ。勿論彼らはプロだからということもあるのだが、それにしても目にも止まらぬ手早さは、見とれるほどだ。プロではない息子にしても、手際の良さは中々だ。老いによる反射神経の衰えを差し引いたとしても、スマホを生活の一部として使いこなしている今どきの連中には到底かなわない、と感心して見ていた。どうあがいても彼らの様なリテラシーを身に付けるのは到底無理、と諦めるしかなさそうだ。悔しいけれど、「若者にすっかり置いてけぼりを食らってしまった!」と素直に認めざるを得ない。もうこの際、全ての原因を老いにおっかぶせ、悔し紛れに「老いてけぼり」とでも書いておこう。
最後に、いつものジョンズ・ホプキンス大学による感染状況の集計結果を記載しておく。日本時間7月13日14時の時点で、世界全体の感染者数は1億8724万人に迫り、亡くなった人はとうとう400万人を超え、404万に迫っている(NHK 特設サイト 新型コロナウイルス:※1)。世界もそうだが、日本も感染拡大が沈静化する様子はない。そんな中、いよいよ1週間後にはオリンピックの開幕となってしまった。無観客だとは言うものの、懸念していた緊急事態宣言下での開催だ。どんなことになるやら、とにかく心配だ。
(※1:https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-data/)
【文責:知取気亭主人】
タナバタソウ
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