2021年11月3日
古典落語に『小言幸兵衛』という噺がある。長屋の家主である幸兵衛が、空き部屋を借りに来た職人たちに、あれやこれやとありもしない心配をして小言を言うのを、面白おかしく語って聞かせる噺である。ラジオが受験勉強の友だった昔、よく聴いた演題だ。歳を取ると心配症になると言われるが、幸兵衛は心配の余り、よくもまあそんなことまで考えが及ぶものだ、というぐらい気を回してしまう。良く言えば「細心の注意を払っている」となるし、悪く言えば「取り越し苦労、難癖をつけている」とも言える。ただ、どちらにしても借り手である長屋の住人のことを気遣っているのには間違いなく、家主の小言で長屋全体の規律もある程度保たれる、そんな日本の原風景を笑い噺に仕立てている。
現実にそんなに口うるさい人がいたのかどうかというと、落語に出てくる小言幸兵衛ほどではないにしろ、昔の町内にも、お節介な人や口うるさいお年寄りが一人や二人必ずいたものである。「子供は国の宝、だから地域で見守り育てる」、そんな考え方が根付いていた、と言えば分かり易いかも知れない。私も近所の悪ガキどもを叱ったことが何度かある。隣近所の結びつきが、今よりグッと近かったのだ。ところが、「隣は何をする人ぞ」が地方にまで浸透している昨今の日本では、そんな結びつきはすっかり影を潜めてしまっていて、声を上げて小言を言えば変人扱いされてしまうのが落ちだ。「物言えば唇寒し秋の風」の諺が身に染みる世の中になってしまっている。古希を過ぎ、幸兵衛さんと同じ様にいろんな事が心配になってきた身としては、どうも居心地が悪い。
今も小言を言いたいことがあるのだが、聴いてくれる人が家族以外思い当たらない。ところが、言いたい相手が相手だけに、家族程度の少人数では、聴いてくれたとしても溜飲は下がらない。あまりスッキリしないのだ。そこで読者には申し訳ないが、読んでくださっている皆さんがたくさんいるこの場を借りて、思いの丈をぶちまけよう、と企てた次第である。
小言を言いたいのは、10月31日の衆議院選挙と同時に行われた「最高裁判所裁判官国民審査」についてである。それも、小声ではなく精一杯大声を出して言いたい。『大声なら小言とは言わない』と言われそうだが、それだったら苦言でもいい。とにかく、この国民審査について、言いたいことがあるのだ。この裁判官の国民審査、皆さん審査する裁判官のことをよく理解した上で、投票しているだろうか。恐らく、そうではないだろう。国民の殆どが、審査対象の人たちの“価値観”も“人となり”も、何も分からないまま投票しているのだと思う。投票直前まで全く情報がないまま投票しろ、というのだから仕方がない。
今回、僕と家内は、先週の火曜日に期日前投票に行ってきた。ところが、出かける直前になってやっと、石川県選挙管理委員会から配布された「最高裁判所裁判官国民審査広報」が、滑り込みセーフで手元に届いた。審査対象の裁判官たちの、唯一の詳しい情報源である。そんな重要な書類なのに、手に出来たのは投票に出かける直前である。『ちょっと遅いですね!』と投票所の係の人にやんわりと小言を言ってみたところ、『選挙が急に決まって、間に合わなかったもので…』と返って来た。
係の人に責任がある訳ではないのは承知しているが、言いたくもなってしまう。どこかに載っているだろうと調べたところ、総務省HPの「第25回 最高裁判所裁判官国民審査 審査対象裁判官情報(※1)」(https://www.soumu.go.jp/senkyo/49ge/shinsa.html)に、同じ内容の物がしっかりと掲載されているではないか。ところが、そのことを新聞もテレビも報道しない。総務省も積極的に広報していない。おかしな国だ。しかも上記のホームページには、ご丁寧に各都道府県の選挙管理委員会ごとに同じ内容のモノが掲載されていて、思わず笑ってしまった。
手元に届いた広報には、①略歴、②最高裁判所において関与した主要な裁判、③裁判官としての心構えの3項目が書かれていて、一人だけ、④趣味などが書き加えられていた人もいた。こうした情報は、②を除いて、裁判官になった時点で書けるものだ。また、②にしても、分かり易い表現にする必要はあるが、担当した裁判が終了した段階で書き加えて行けば済むことで、時間が掛かるものではない。しかも今回の国民審査が終わった段階で、次の審査対象となる裁判官は分かっている訳で、常に審査できるよう情報(※1)を開示し、もっと広報すべきだと思う。情報があってこその審査だ。
もう一つ、どうしても止めてもらいたいと思っているのは、「やめさせた方がよいと思う裁判官には×を記入」の、その投票方法である。この方法、“やめさせたい”と書いて欲しくない気持ちが見え見えだ。こんな方法は即刻止めて、「やめてほしくない裁判官には○を記入」に変えるべきだと思うが、如何だろう。
歳なのかなあ、小言を言いたいことがついつい目についてしまう。でも、小言言うのも長生きの秘訣かもしれない。ということでご同輩、精々小言を言ってうるさがられ、長生きしましょうや!
最後に、いつものジョンズ・ホプキンス大学による感染状況の集計結果を記載しておく。日本時間11月2日17時の時点で、世界全体の感染者数は2億4714万人を、亡くなった人はとうとう500万を超えた(NHK 特設サイト 新型コロナウイルス:※2)。
(※2:https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-data/)
【文責:知取気亭主人】
菊が奇麗な季節になりました
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