2022年10月26日
皆さんは、『虜人日記』(小松真一/著 ちくま学芸文庫 2004)という本をご存じだろうか。イザヤ・ベンダサンのペンネームで『日本人とユダヤ人』(角川文庫 1971)を著した評論家の故山本七平氏が、別の著書『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』(KADOKAWA 2004)の中で、「太平洋戦争に関する戦中戦後の歴史的資料としての価値が高く現在われわれが読みうる最も正確な記録」と評した本である。その理由として、歴史学者の故林家辰三郎氏が歴史資料として重要だと言う、「現地性」と「同時性」について、『虜人日記』はそのどちらも満たしているからだ、と記している。
『虜人日記』は、現地で見た事、体験した事を、捕虜生活を送りながら苦労して日記としてしたため、その残されていた日記を著者の没後私家本として出版(1974年)していて、日本に無事帰国してから記憶を辿って書いたものではないのだ。奥様によるあとがき、「『虜人日記』出版にあたって」によれば、残されていた戦地で書いた4冊の日記のほとんど全てを収録し、同じく戦地で描いた5冊の画集から抜粋した絵を挿入して、編集したという。挿絵があることによって、当時の事を全く知らない僕にも、小松氏が送った捕虜生活の様子が、手に取るように分かる。正に「現地性」と「同時性」の極み、と言っても良い。
後先になったが、先に紹介した山本氏の著書『日本はなぜ敗れるのか―敗因21カ条』は、小松氏が『虜人日記』の中で“日本の敗因を分析して21の要素に分けた”その21カ条を、そのまま踏襲している。小松氏と同じ様に捕虜生活を体験した山本氏が、『虜人日記』に感銘を受け、歴史的価値を見出し、小松氏の遺志を引き継いで書き上げたのではないかと思っている。それは、繰り返しになるが、「現地性」と「同時性」に揺るぎが無かったからに他ならない。
では、『虜人日記』以外に、今我々が手に取って読む事が出来、「現地性」と「同時性」に優れた、歴史的価値のある本はあるだろうか。ある。これから紹介する『ウクライナ戦争日記』(Stand With Ukraine Japan/左右社編集部/編 左右社 2022)(以下、本書)が、それだ。副タイトルではなさそうなのだが、表紙に「非日常を生きる24人の声」と印刷されている様に、2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以来、非日常を余儀なくされてしまったウクライナ人たち24人の、悲痛な思いや叫びがしたためられている本だ。今しか書けない日記、なのだ。
ただ、数日前、或いは数週間前を思い出して書いた人もいるだろうから、完全一致の「同時性」ではないかもしれない。しかし、何年もの時が経ち、曖昧となった記憶を紡いで書いたものではない。今正に進行中の戦争の真っただ中で書いた日記なのだ。だから、「現地性」は勿論の事、「同時性」も揺るぎないものだ、と僕は思っている。読めば、テレビ報道などメディアを通してではない、当事者の心の叫びが聞こえてくる。過去の出来事ではなく、正に時を共有している今起きている事を書いている本で、「明日は我が身」と思って読むと、ロシアの理不尽さに本当に腹が立ってくる。
24人は、年齢も性別も、職業も、そして2月24日の時点で暮らしていた地域も違う。日記は、暮らしていた地域毎にまとめられていて、ハルキウ、マウルポリ、キーウ、イルピン、オデーサなど、ニュースで度々耳にする聞き覚えのある都市で暮らしていた人たちが書いていることが分かる。また、川崎、東京と、日本に関わりのある人たちもいる。最後に登壇する東京に住んでいたサーシャ・カヴェリーナ氏は、「Stand With Ukraine Japan」というNGO団体の共同創設者で、本書のための執筆及び収集の呼びかけ、取りまとめを担当した方だと紹介されている。本書の「はじめに」も執筆していて、その「はじめに」の最後に、次の様な“心に刺さる文章”がある。
本書は、ウクライナが子どもたちを守るために払った犠牲の証であり続けるでしょう。
そして、本当の勝利を収めるまで、ウクライナの味方でいてください。(原文のまま)
本書を読むと、ロシア人への憎悪は勿論の事、この戦争に対してあっけらかんとしているロシアに住む双子の姉にさえ激しい怒りを書いている人もいて、攻撃される側の恐怖と敵への怒りは計り知れない。読み進めば読み進む程、勝利をつかむまでウクライナの味方でいる、との思いは強くなる一方だ。
今我々日本人は、有難いことに、戦争のない平和な暮らしを送る事が出来ている。ともすれば、当たり前の事と思いがちだが、世界はそんなに甘いものではなさそうだ。ウクライナで起きている事が、それを教えてくれている。それを確認する意味も含めて、また遠く離れていてもウクライナの味方である証として、本書を買い求め、是非読んで欲しい。今しか書けない日記を読み、ウクライナの味方が日本にもたくさんいることを伝えるのだ。本書の収益の一部はNGO団体「Stand With Ukraine Japan」に寄付されるとのことだから、どれほどの人たちが応援しているか分る筈である。さあ、手に取って読んでみよう!
最後に、いつものジョンズ・ホプキンス大学による感染状況の集計結果を記載しておく。日本時間10月25日14時の時点で、世界全体の感染者数は6億2806万人を超え、亡くなった人は658万人に迫っている(NHK 特設サイト 新型コロナウイルス:※1)。
(※1:https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-data/)
【文責:知取気亭主人】
「虜人日記」
【著者】 小松 真一
【出版社】 ちくま学芸文庫
【発行年月】 2004/11/102
【ISBN】 9784480088833
【頁】 404ページ
【定価】1,540円(税込)
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「日本はなぜ敗れるのか ―敗因21カ条」
【著者】 山本 七平
【出版社】 KADOKAWA
【発行年月】 2004/03/09
【ISBN】 9784047041578
【頁】 320ページ
【定価】859円(税込)
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「ウクライナ戦争日記」
【著者】 Stand With Ukraine Japan/左右社編集部(共同編集)
【出版社】 左右社
【発行年月】 2022年07月28日
【ISBN】 9784865280913
【頁】 320ページ
【定価】1,980円(税込)
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