2022年3月2日
ロシアのウクライナに対する蛮行が、世界を震撼させている。北京2022オリンピック冬季大会(2月4日〜20日)が終盤を迎えた頃、平和の祭典であるオリンピックのニュースとは真逆の、緊迫した情報が世界を駆け巡った。昨年の秋頃からウクライナとの国境付近に集結し始めていたロシア軍が、国境を超えウクライナに侵攻する可能性がある、との情報だ。そのニュースを聞いた時、「彼の国だったらやりかねないな」と心配していたのだが、その心配が現実のものとなってしまった。まるでオリンピックが終わるのを待っていたかのように、2月24日、ウクライナに軍事侵攻を始めた。国連常任理事国という特等席にどっかりと座り続けている大国の、明らかな国際秩序への挑戦だ。ただ、クリミア半島を併合してしまった過去の侵略行為(2014年)を考えれば、ロシアにとっては当然の行動だったのかもしれない。しかし、まさかそこまで愚かだったとは…。
ウクライナの日々刻々と変わる緊迫した状況はメディアに譲るとして、プーチン大統領は、世界の多くの国々から強く非難されると分かっていた筈なのに、なぜ侵略を断行してしまったのだろう。30年前に分裂した、強大な「ソビエト社会主義共和国連邦(以下、ソ連)」の再興を夢見ているのだろうか。それとも、アメリカと中国の二つの大国に割って入り、ややもすると二つの大国に比べ影が薄くなった感のある自国ロシアの、30年前の威厳を取り戻そうとしているのだろうか。
NATO加盟へと傾くウクライナの現政権は、強いロシアを取り戻そうとするプーチン大統領にとって喉元に突き付けられた匕首だ、と指摘する専門家は多い。世界の警察官としての旗を降ろしたアメリカの足元を見ているのだ、と述べる専門家もいる。いずれにせよ、一部の国(ベラルーシ、中国、インド、UAE、ブラジルなど)を除けば、国際秩序を無視した暴挙だとして各国の非難の的になっている。また、こうした暴挙を目の当たりにして、「明日は我が身」を強く意識するようになった国や地域もあるに違いない。
各国の反応は早く、多くの国が連帯して制裁が始まった。ロシアの一部銀行を国際的な金融決済システム(SWIFT)から排除する経済制裁も、早々と決めた。そうした諸々の制裁の効果は、いずれ現れるのだろうと思う。しかし、プーチン大統領はある程度の制裁を想定し、耐える準備はしてきた、との見解を示す専門家もいる。もしそれが正しいとすれば、速やかな撤退や停戦は、おいそれと実現しないのではないかと思う。一方のウクライナ政府も、国民に対し徹底抗戦を呼びかけていると聞く。だとすれば、戦いの長期化、泥沼化は避けられそうもない。そうなると、カギを握るのはロシア国内の世論だと思う。
経済制裁によって窮乏生活を強いられたとしてもプーチン大統領の判断を支持するのか、それとも侵略戦争反対の意思をはっきりと示すのか、である。ソ連時代への郷愁を持つ国民が多いのか、平和第一と考える国民が多いのか、と言い換えても良いのかもしれない。独裁色は強いが、プーチンとて選挙によって選ばれた大統領である。国民の支持がなければ、政権の維持もおぼつかない。
どうしてこんな心配をするかと言えば、三四半世紀も前のことだが、当時日本も今のロシアと同じ様な状況に陥った経験があり、しかも禍根を残す大失敗をしてしまったからだ。当時の日本の世論は、メディアによってあらぬ方向に扇動されてしまった。そうした状況を丹念に調べ上げた本、NHKスペシャル取材班編著『日本人はなぜ戦争へと向かったのか メディアと民衆・指導者編』(新潮文庫、平成27年)は、世論操作の恐ろしさを後世に伝えようとしている。その冒頭には、次のように書かれている。
日米開戦前夜、日本社会は異様な空気に包まれていた。「作られた熱狂」である。この熱狂を作り出したのは、新聞・ラジオなどのメディアだったといわれている。そのなかで、日本は戦争への道を歩んでいた。(原文のママ)
当時の日本も、今のロシアと同じ様に他国を侵略したことにより、世界各国から非難を受け、経済制裁も受けていた。しかし、軍部に加担するかのようなメディアの扇動により、国民の戦意は高揚し、戦争は大衆に指示されていった。松岡外相が国際連盟を脱退して帰国した際には、凱旋帰国のようにもてはやした、というから恐ろしい。その結果、窮乏生活下であっても「欲しがりません勝つまでは!」と戦意高揚を謳い上げる、歪んだ世論が形成され、大戦へと突き進んでいったというのだ。今回のプーチン大統領の侵略に対して、ロシアの民衆が同じ轍を踏まされないか、とても不安なのだ。
2月28日の『朝日新聞DIGITAL』には、「ロシア国内でも反戦を訴える声が高まり、各地で抗議デモも起こっている」と書かれていて、絶望的な国内状況でないとは思うのだが…。
https://news.yahoo.co.jp/articles/e839b27cfc02fa4d2877bcb6f8660d6c3722baf4
最後に、いつものジョンズ・ホプキンス大学による感染状況の集計結果を記載しておく。日本時間3月1日17時の時点で、世界全体の感染者数は4億3698万人を超え、亡くなった人は596万に迫っている(NHK 特設サイト 新型コロナウイルス:※1)。
(※1:https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-data/)
【文責:知取気亭主人】
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「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」
―メディアと民衆・指導者編
【著者】 NHKスペシャル取材班
【出版社】 新潮社
【発行年月】 2015/7/1
【ISBN】 978-4-10-128375-3
【頁】 264ページ
【定価】 572円(税込)
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