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知取気亭主人の四方山話
 

『可愛い孫と老いには勝てぬ』

 

2022年3月30日

日本には、「泣く子と地頭には勝てぬ」という諺がある。泣いて駄々をこねる子供と、権力をかさに着る地頭(平安時代や鎌倉時代に荘園などを管理するために置いていた管理職)には、正論を言っても聞き分けてもらえず従うしかない、という意味だ。理屈が通らない相手に苦労するのは、今も遠い昔も変わらないらしい。いつの時代も、理不尽がまかり通り、泣かされることは多い。地頭がいた時代よりも遥かに文化や科学技術は進歩した筈なのに、この諺は、言い方を少し変えただけで、今でも立派に通じる。風刺を利かせて今世界で起こっている事に当てはめれば、さしずめ、「コロナとプーチンには勝てぬ」とでも言えるだろうか。どちらもそんな嫌味が通じる相手ではないが、早く『そんな事もあったな!』と笑って話せる時が来て欲しいものである。

ところで、諺の中では、泣く子も地頭も同じ勝てぬ相手、ほとほと困り果てる相手として見ているが、根底に流れる思いはまるっきり違う。地頭に対しては嫌味と憎しみが込められているのに対し、泣く子に対してはそうした感情は毛頭ない。親は我が子を慈しみ育てるのが当たり前で、親でない大人にしても、小さな子供は守るべき対象と捉えていて、子供の少々の我が儘は、大概の大人は聞き入れてしまう。子供もその辺りのところは心得ていて、駄々をこねるのを最終手段として持ちながら、いつも上手いこと甘えてくる。生きていく為とは言え、本当に甘え上手だ。爺、婆に対しても、勿論そうだ。先の諺を爺、婆風にもじれば、「可愛い孫と老いには勝てぬ」とでも言ったところである。先日も、その勝てぬ両方を相手にしてしまい、もじった諺を実感してしまった。

久しぶりに暖かな日となった先日、春休みに入っていた上の孫娘(以下、上孫)と、コロナによる休園の為自宅待機となっていた末の孫娘(以下、末孫)、それに僕の三人で、散歩に出かけた。上孫が使っている眼鏡の小さなビスが取れレンズが外れてしまったので、『眼鏡を修理してもらいながら散歩に行こう!』と二人を誘ったのだ。陽気も良くなって外に出たくてうずうずしていたらしく、二つ返事で誘いに乗って来た。僕と同じで、春の陽気にすっかり浮かれている。

目的の眼鏡屋は、上孫が通っている小学校の近くにある。新学期から末孫も通うことになる小学校でもある。我が家からはそう遠くない。通学路を使えば、上孫(今度6年生になる)の足で15分ほどだ。末孫についても、コロナによる休園を利用してここ数日爺と連れ立ち、歩いて通うリハーサルをしていて、所要時間は実証済みだ。今度1年生になる小さな子供の足でも20分ほどで着く。必然的に、眼鏡屋も似た様な所要時間である。しかし、僕にとっては、散歩コースとして少々短すぎる。加えて、『散歩がてら桜の開花状況を確認したい』という上孫の希望もあり、通学路をやめ、少々遠回りすることにした。それでも、30分ばかりで着いてしまった。

あっと言う間に眼鏡の修理も済み、いざ帰る段になったのだが、散歩時間に物足りなさを感じていた為、『もう少し散歩しようよ』と誘い、さらに遠回りして帰ることにした。我が家とは逆方向に、往復で30分ほど足を延ばすことにしたのだ。この時点では、孫二人は元気いっぱいだった。ところが、途中で走ったりして遊びながら上孫に付いて行っていた末孫が、帰りの途中で疲れた様子を見せ始めた。足を延ばした先から家に向かって帰る途中、丁度残り半分ほどとなる、くだんの小学校の近くだ。

ふざけながらよろよろと歩いていたと思ったら、突然歩道にへたり込んでしまった。これまでになく長時間歩いたこともさることながら、帰り道が緩くはあるもののずっと上っていることもあって、相当疲れたらしい。駄々をこねている訳でも、泣いて困らせている訳でもないが、爺の琴線に触れる甘え調子で『おんぶ!』とせがんでくる。「無理をさせたかな?」との思いもあって、冗談交じりに『お爺ちゃんつぶれちゃうよ!』と言いながらも、少し嬉しさも手伝って、結局負ぶうことになった。勝負は最初からついていたようなものだが、苦も無く負けてしまった。やはり、甘え上手な孫には勝てない。

次の勝負も直ぐついた。負ぶって5分も歩いただろうか、肩につかまる手がともすると首に巻きつき、息苦しくなることもあって、随分疲れるのが早い。そんな様子が見て取れたのだろう、上孫が『代わろうか?』と声を掛けてくれる。嬉しさ半分、情けなさ半分だったのだが、無理をせず直ぐに変わってもらった。それから家まで、交代で負ぶいながらなんとか辿り着いた。ヤレヤレだ。

家に着くなり確認すると、スマホに記録されていた歩数は凡そ6,000歩、ここから家の中での歩数を引けば、恐らく5,000歩ほどが散歩に要した歩数だと思われる。以前ならなんてことない歩数だ。また、負ぶっているとは言え、高々20sほどしかない。こちらもなんてことはない重さ、だった筈なのだが…。年端もいかない孫たちの手前、口にこそ出さなかったが、正直疲れた。悔しいけれど、「老い」を痛感した次第である。

それにしても、「可愛い孫と老いには勝てぬ」、我ながら上手いことを言ったものである。

最後に、いつものジョンズ・ホプキンス大学による感染状況の集計結果を記載しておく。日本時間3月29日17時の時点で、世界全体の感染者数は4億8233万人に、亡くなった人は613万人に迫っている(NHK 特設サイト 新型コロナウイルス:※1)。

(※1:https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-data/


【文責:知取気亭主人】


散歩の最後に待っていてくれた沈丁花
散歩の最後に待っていてくれた沈丁花

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