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知取気亭主人の四方山話
 

『やめ時』

 

2022年4月20日

今、手元に読みかけの本がある。タイトルを『日本人はなぜ戦争へと向かったのか 果てしなき戦線拡大編』(新潮文庫 2015)という。NHKスペシャル取材班編著による、『日本人はなぜ戦争へと向かったのか』シリーズ3部作の中の1冊である。この本以外は、それぞれ『外交・陸軍編』と『メディアと民衆・指導者編』の副題が付けられていて、後者の1冊はこの四方山話で触れた事もある。ロシアによるウクライナ侵攻が始まった頃に、攻め込んでいる側のロシア民衆の世論がどうなっているのかが気掛かりで、第970話『ロシアの民衆は今』で取り上げた。今のロシア軍と似た様な経緯を辿った日本軍の考え方や判断、そしてその結果が、どうしても気になってしまうのだ。

このシリーズは、多くの国の人々に苦難を強いた太平洋戦争について、日本人自らが検証しているだけに、どの本も深く考えさせられる内容だ。しかも、日本から遠く離れてはいるものの、ウクライナでは今正にこの時も激しい戦闘が繰り広げられていて、日々刻々と伝えられる戦況やウクライナの民衆などの報道に接していると、当該三部作と重なる部分が実に多く、驚かされる。今読みかけの『果てしなき戦線拡大編』もそうで、どうしてもウクライナのことと照らし合わせて読んでしまう。

しかし、つくづく人間は愚かだと思う。歴史に学ばない、悪く言えば学べない動物である。2度の世界大戦を経験して、戦争というものが如何に悲惨で愚かなものなのか学んだ筈なのに、またぞろ繰り返している。そうした思いもあって、今回読みかけにも拘らず本書を取り上げた。透けて見えるロシア軍の終戦に向けての動き・考え方が、当時の日本軍に重なって見えるからだ。

タイトルにもあるように、当時の日本軍は、身の丈をわきまえずに戦線を拡大していった。今のロシア軍も、そんな風に見える。例えば、スウェーデンとフィンランド両国がNATOへの加盟を表明した途端、フィンランドとの国境へミサイルシステムを移動させるなど、威嚇を始めたと伝えられている。経済制裁に加担する日本に対しては、日本海でのミサイル発射実験で威嚇した。どちらも威嚇だけで済むとは思うが、戦線を拡大させ戦火が広がる可能性も捨てきれない、と緊張が走っている。今のプーチンは何をするか分からないからだ。

また、当初数日で制圧できると踏んでいたものの、ウクライナ軍の激しい反撃を受けて、ロシア軍の被害が拡大している、との苦戦情報も伝えられている。更には、短期制圧の目論見が外れた今、次の国威発揚手段としてとして、第二次世界大戦でのナチスドイツへの勝利を祝う式典を開催する5月9日に合わせ、東部だけでも制圧して勝利宣言をするのではないか、そしてそのためにも攻勢を強めるのではないか、と見られているからだ。要するに、「ウクライナは直ぐに降伏するだろうから、とにかく一気呵成に攻めろ」、と敵を甘く見ていて、“やめ時”などろくに考えずに進行してしまったのではないか、結果目論見が外れ方針を転換せざるを得なくなった、と思えるのだ。実は、“やめ時”は“始める時”よりも難しいらしい。本書にはそう書かれている。

本書は、「何故戦線拡大は止められなかったか?」という視点で書かれていて、むやみに戦線拡大しないためには“やめ時”、つまり“落としどころ”を最初から考えておく必要がある、と説いているのだ。本書には、先の大戦当時、陸軍省軍務課長だった佐藤賢了氏が残した、『大東亜戦争回顧録』に書かれていた内容の一部が掲載されているのだが、ずばり“やめ時”の重要性を指摘している。以下に、本書原文のまま引用させていただいた。

「戦争を終結に導く方策は、開戦よりもさきに考えておくべきものであることは、戦争指導の鉄則である。しかし、今度の戦争は遺憾ながら、戦争終結については自主的計画も見通しもはっきり立てられなかったのである」(原文のまま)

また、佐藤氏は「日清、日露の戦争も、終結の見込みが立たないまま戦争に踏み切った」と語っていた、とも書かれている。如何だろう、今のロシア軍の見通しの甘さや、停戦協議が一向に進展を見せない状況を知ると、佐藤氏が自責の念も込めて指摘したのであろう昔の日本軍と全く同じ轍を踏んでいる、と思えないだろうか。そして、「ロシアの大群に怖気づいて、ウクライナはすぐに降参する」との甘い見通しと、思いあがった根拠のない自信が、開戦よりもさきに考えておくべきものを考えておかなかった最大の理由なのではないか、と思えてならない。

そうだとすると、日本軍がそうだった様に、行きつくところまで行かないとこの戦争は終わらないのかもしれない。ただ、太平洋戦争は開戦から半年で戦況はガラッと変わったらしい。ウクライナに関して言えば、侵攻から半年後と言えば8月の末頃だ。その頃までには、停戦、和平への道筋が見出されていることを祈るばかりである。

最後に、いつものジョンズ・ホプキンス大学による感染状況の集計結果を記載しておく。日本時間4月19日14時の時点で、世界全体の感染者数は5億505万人を超え、とうとう5億人台に突入した。亡くなった人は620万人となった(NHK 特設サイト 新型コロナウイルス:※1)。

(※1:https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-data/


【文責:知取気亭主人】


「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」―果てしなき戦線拡大編― 「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」
―果てしなき戦線拡大編―

【著者】  NHKスペシャル取材班
【出版社】 新潮社
【発行年月】 2015/8/1
【ISBN】 978-4-10-128376-0
【頁】 206ページ
【定価】 506円(税込)

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