2023年2月15日
今、中国のものとみられる謎の飛行物体(以下、気球)が世界各国の上空で確認されていて、やれ領空侵犯だとか、偵察活動(通信傍受)をしているとか、中国とアメリカとの非難の応酬がやかましい。元々近年の両国関係がギクシャクしていた上に、アメリカが有無を言わさずこれを撃ち落としたから堪らない。カナダを含む北米大陸では既に4つも確認されていて、今月4日にアメリカ本土を横断した末にサウスカロライナ州の沖合で撃墜されたのを手始めに、アラスカ上空、そして11日にはカナダ北西部、続く12日には五大湖の一つヒューロン湖上空でも目撃され、いずれも撃墜された。
2月10日の読売新聞朝刊によれば、複数の米国当局者の話として、中国はこうした気球の運用によって、アメリカやカナダばかりでなく、日本、台湾、インド、ベトナム、フィリピンなどの軍事情報を収集してきた、としている。確かに、中国のものかどうかは今もって不明らしいが、持ち主不明の気球は日本でも確認されていて、2020年6月と2021年9月に東北上空で確認されている。どちらの気球だったかは記憶にないが、発見から太平洋上に消え去る迄、謎の飛行物体としてメディアを賑わしていたのを覚えている。当時、気象観測用ではないか、或いは研究用ではないかと、あれやこれやの憶測は流れたが、最後まで「我々の気球だ」と名乗り出る国も研究機関も無かった。結局日本は、今回のアメリカとは違い、(勿論監視は続けていたと思うが)見ていただけ、ということになってしまった。
それについて思うに、「主権」という観点からすると、後々災いをもたらす可能性が捨てきれない以上、アメリカのやり方が真っ当のような気がする。新聞記事を読むと、『今の法律でも撃墜は出来る』という意見の専門家もいれば、『撃墜は難しい』とする専門家もいる。国際関係は複雑だから単純に判断できないのは分かるが、“見ているだけ”は如何なものかと思う。何となくではあるが、日本という国は、「国や国民を守る」という方向ではなく、まず「対外的な軋轢を避ける」ということに腐心している様に思えてしまう。確かに外交的にはそれも重要だが、優先順位からすると、向いている方向が違う気がするのだ。
それは気球問題ばかりではない。日本海の大和堆に於ける外国漁船の違法操業や、10年ほど前に小笠原諸島と伊豆諸島周辺の日本の領海と排他的経済水域で発覚した中国漁船による海賊まがいの宝石サンゴ密漁など、その取り締まりの手ぬるさを知るにつけ、日本の国や海上保安庁はどこを向いて取り締まりをしているのだろうかと思う。拿捕するなど、できないものなのだろうか。自国の主権が犯され自国民が被害を被っているのに、自国の被害漁業者のことは二の次、になってしまっているように見受けられるのだ。
こうした日本の国の「どこを向いているのだろう」と思える事案は、“のり弁”まがいの、情報開示請求への呆れた抵抗など、枚挙にいとまがない。そして今回、とある本を読んでその思いをますます強くした。その本とは、2008年6月に発生した漁船転覆事故を扱った、伊澤理江著『黒い海 船は突然、深海へ消えた』(講談社、2022)(以下、本)である。
2008年6月23日、千葉県犬吠埼の東約350q沖の太平洋で、福島県いわき市小名浜港所属の第58寿和丸(135トン、乗員20人)が転覆した。今年で15年も経つ。東日本大震災が起こる3年前の事で、誠に申し訳ないが、僕の記憶には残っていない。しかし、乗員20人のうち助かったのはたった3人、残り17人は犠牲になっていて、海難事故としては大事故である。当然、転覆の原因究明が成されることになる。
ところが、その転覆の原因について、助かった3人を含めた漁業関係者の証言や見立てと、2011年4月22日に運輸安全委員会が公表した事故調査報告書に書かれていた原因に、大きな隔たりが生じてしまう。しかも、船主が署名を持って潜水調査を嘆願しに行った時に運輸安全委員会の委員に言われたという、『1番は旅客、2番は商船、3番目に漁船の事故』のランク付けの理不尽さも、本書を執筆する原動力になっている様に思う。
小名浜港も甚大な被害を受けた東日本大震災から僅か3ヶ月後、どさくさ紛れをするように報告書が提出された。その中では、自己責任まがいの原因として片付けられている。しかし、漁業関係者の間では、海を黒く染めた油の量や転覆の様子から、船底への潜水艦衝突の可能性が噂されていた。その真相を探る方法として嘆願していた潜水調査は、行われることはなかった。本書には、2001年の「えひめ丸」と米原潜との衝突事故について、インターネットで公開している米国国家安全委員会の「事故調査資料」についても触れているが、一切の調査資料を公開しない日本の運輸安全委員会の姿勢との違いを突いたその記述に、著者の呆れた様子が見て取れる。
この国の行政を司る人たちは、一体どこを向いて仕事をしているのだろう。これまでにも、貴重なデータや大切な文書を改ざんしたり、情報開示請求に対して黒々と塗りつぶした文書を恥も外聞もなく開示したりと、一般社会では考えられないようなことが堂々と行われてきた。これからも続くのだろうか?もしそうだとすると、この国の行く末は益々心配だ。
最後に、いつものジョンズ・ホプキンス大学による感染状況の集計結果を記載しておく。日本時間2月14日17時の時点で、世界全体の感染者数は6億7304万人に、亡くなった人は686万人に迫ってる(NHK 特設サイト 新型コロナウイルス:※1)。
(※1:https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/world-data/)
【文責:知取気亭主人】
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「黒い海 船は突然、深海へ消えた」
【著者】 伊澤 理江
【出版社】 講談社
【発行年月】 2022/12/23
【ISBN】 9784065304952
【頁】 288ページ
【定価】 1,980円(税込)
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