2023年6月14日
先週、鹿児島県の霧島市に住むK君から、『高千穂スケッチ(毎日新聞掲載作品集)』と題した文庫本サイズの小冊子(私家本)が送られてきた。高校時代に柔道部で一緒に汗を流した友人である。それまでは生まれ故郷で暮らしていたのに、なぜ今霧島市に住んでいるかと言えば、50代前半でリタイアし、悠々自適な第二の人生を送る場として温暖で自然豊かなここを選んだ、と説明してくれた。日々の生活に追われ汲々としてきた身としては、何とも羨ましい人生の送り方だ。
そのK君、いつの頃からなのか、俳句や短歌、随筆などの創作や執筆を楽しみで始め、新聞に投稿して来たという。以前送ってくれた『高千穂スケッチ』の第1巻が2008〜2010年とあるから、今から15年ほど前から始めたらしい。感性が豊かで素直なのに加え、文才があるというのはこういう人を言うのだろうか、これまでに幾つも特選や入選に選ばれた作品があって、そうでない随筆などの作品も含め、どれもこれも秀逸な作品ばかりだ。毎回感心させられている。秀逸と言えば、小冊子のところどころに奥方が描いた絵が挿絵として添えられていて、これがまた良い。迫力があって、色使いも構図もとても気に入っている。表紙のタイトルも奥方の手に依るものらしい。夫が文章、妻が挿絵、正に夫唱婦随、仲良く手を携えて作り上げてきた作品集である。
今回送られてきたのは、その第9巻(2021〜2023年)だ。毎回楽しみにしているのだが、ただ“ある事情”があって、K君は『これが最後』と言ってはばからない。その事情については文末で触れるとして、今回の第9巻に「そうだ、その通りだ!」と思わず膝を打った随筆があった。「みんなの広場」という新聞の投稿欄に投稿したと思われる、『「普通」という同調圧力』と題する文章だ。少し長くなるが、K君の許可を得て、その一部を紹介する。
この国は、「普通」という説明しがたい言葉で少数派を排除します。そして
「普通」を合言葉に「同調圧力」で反対意見を追い詰めています。「普通」は実
に都合の良い隠れみののように思います。なのに誰もが言い知れぬ閉塞感に苦
しんでいます。私も含め、一人一人が「他者を受け入れる自信」を身に付けたい
ものです。(原文のまま)
これを読んで、皆さん思い当たるふしは無いだろうか。僕は、数えきれないくらいある。尚且つ、同調圧力による対抗する意見への論調は、最近とみに先鋭化し過激になって来ているように感じている。ネット上でのことだが、“反対意見”というよりも“言葉による攻撃”とでも言いたいぐらいのものもある。気に入らなければ徹底的に相手をやり込める、そんな戦時下を思わせる風潮が、巷に広がって来ているようにさえ思っている。なかんずく気持ちが悪いのは、相手をやり込めることを楽しんでいて、そこに同調する仲間が群がって集団でやり込める、過激な表現をすれば言葉による集団リンチまがいの事がネット上で行われていることだ。自らの顔が見えない気楽さなのだろう、相手への反対意見ばかりでなく、人格さえも攻撃の対象としている。しかも、本質とはかけ離れた声なのに、それに煽られて群がってくるその薄気味悪さ。
最近も、ある一件で薄気味悪さを感じている。回転ずしチェーン「スシロー」への迷惑行為動画をアップした騒動に関して、タレントの長嶋一茂氏が、「裏方の仕事を手伝わせて、更生の余地を残すのも一つの方法じゃないか」との意見をテレビでコメントしたところ、ネット上で大炎上している、というのだ。「お前が雇え」とか「昭和的な発想」だとか、大バッシングをうけているらしい。反対意見は意見として堂々と発表すればいいのだが、明らかに解決とは関係ない文言で攻撃しているのはいただけない。
薄気味悪さを感じるのは、「何が双方にとってベターな解決策か」という視点が欠けているのにも拘らず、過激な表現に同調する人たちが群がり、長嶋一茂氏の意見を封じ込めようとしている様に思えるからだ。K君が言う、「他者を受け入れる自信」が、言い換えれば「周りに迎合しない自信」が、身に付いていないのだろう。そこにいくと自然界の動物は、仲間同士の喧嘩では相手に決定的なダメージを与える前に争いを止めると聞く。そこには、種を残すための英知と共に、「相手を受け入れる自信」もあるからだと思う。我々も、かくありたいものである。
さて、K君が『これが最後』と言ってはばからない事情だが、仲良く手を携えてきた奥様が昨年突然の病に倒れてしまったのだ。現在も闘病中だ。今後の療養の事も考え、住み慣れた霧島市を離れ、近々奥様の生まれ故郷に戻るつもりだという。したがって、投稿してきた新聞の支局も変えざるを得ないという。奥様の看護もある。そうしたK君の創作活動を取り巻く環境が大きく変わったことが、大きな要因だ。ただ、以前霧島のお宅にお邪魔した際、未発表の作品をぎっしりと書き留めた大学ノートを何冊も見せてもらった。一ファンとしては、あの大学ノートがあれば、『高千穂スケッチ』を10巻、11巻と続けることが出来るのではないか、と本人の苦悩も分からず勝手に思っている。ただ、新しい巻の誕生が、何より奥様の励みになると思うのだが…。
【文責:知取気亭主人】
シモツケ(撮影者:Y)
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