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知取気亭主人の四方山話
 

『星に願いを』

 

2023年7月12日

「星に願いを」という楽曲がある。良く知られた曲だ。歌詞は覚えていなくても、メロディーは聞いたことがあるという方も多いと思う。ディズニーのアニメーション映画『ピノキオ』の主題歌だ。調べてみると、映画の公開が1940年だというから、僕が生まれる前から歌われていたことになる。どおりで、大人になる迄外国映画など見る機会が殆ど無かったこともあって、楽曲ばかりが耳に馴染んでいた。そのせいか、実を言えば、最近までピノキオ映画の主題歌だとは知らなかったのだ。映画のための音楽ではなく、普通の流行歌の一つだと思っていた。原題を「When You Wish Upon a Star」というが、それに当てた日本語訳、「星に願いを」が秀逸だ。「願いを聞き届けて欲しい、けれど…」という淡い希望と、真摯な想いがズシリと伝わってくるようで、何とも言えない味わいがある。

木彫りの男の子の人形を作ったお爺さん、その人形に「ピノキオ」と名付け、「何時の日か人間として命が宿りますように!」と星に願いを懸けていた。その一途な想いと優しい眼差しのその姿を、素敵なメロディーに載せて謳い上げている。今ではクリスマスソングの一つとして、クリスマスの時期になると流れることが多いという。ところが先日、クリスマス迄にはまだまだ日があるというのに、突然このメロディーが脳裏に浮かんできた。あるきっかけがあったからなのだが…。

ハッキリした日にちは覚えていないが、先週の月曜日(3日)頃から末の孫娘が通う学童の玄関脇に、七夕飾りが一対飾られる様になった。七夕が過ぎた今ではもう取り外されているが、立派な笹を使って、色とりどりの折り紙で作られた“わっか飾り”などが、賑やかに飾られていた。勿論、願い事が書かれた短冊もたくさん飾ってあった。昔は子供が多かったことと楽しみが限られていたこともあって、こうした伝統行事を楽しみの一つとして受け継いでいた家庭が多く、町内のそこかしこで見かけたものだ。しかし、簡素化の流れもあってか、最近は滅多に見掛けなくなった。我が家もご多分に漏れずで、今年は笹を用意できずキャンセルしてしまった。子供たちが小さかった頃、そして孫が誕生してからも、何とか笹を調達し楽しんでいただけに、残念に、そして笹準備係としては申し訳なく思っていた。そう思っていた矢先、立派な学童の七夕飾りが目に入り、何だか嬉しくなってしまった。小児たちの嬉々として飾りつけをしている姿が、目に浮かんだからだ。

その嬉しさも手伝って、末の孫娘を待つ間(いつも10〜20分は待たされる)、「今の子どもたちはどんなことを書いているのだろう?」と俄かに興味が湧いて来た。迎えの家族や帰り支度の児童で賑やかな中、一人興味津々、短冊を一枚一枚手に取り、見て回った。拙い文字で書かれた願い事は、「成る程ね!」と納得するものが多い。読んでいると、思わず知らず、笑みもこぼれてくる。“家族の健康”を願ったもの、“勉強やスポーツの成績向上”に関する願い事、“欲しいオモチャやゲームが手に入りますように”といった小児ならではの願望、更には“友達といつまでも仲良くいられますように”という、深読みしてしまいそうな内容のものもある。

ところが、読み続けていくうちに、とある短冊から手と目が離せなくなってしまった。そこには、それまで見てきた短冊とは全く違う願い事が書かれていたからだ。隅の方に小さな字で、「おとうさんとあえますように」と書かれている。見てはいけないものを見てしまった、そんな気後れさえも感じてしまう内容だ。どんな思いでこれを書いたのだろう、と想像するだけで切なくなって来た。同時に、ショックだった。単身赴任、入院、離婚、死別、そうした想像できるあれやこれやの理由が、頭の中でくるくる回る。小さな胸に秘めている今一番の願い事、“思いの丈”なのだろうな、と思う。そう思った瞬間、冒頭の「星に願いを」のメロディーが浮かんできたのだ。

私事で恐縮だが、僕も最近、父親に会いたいと思うことが時々ある。4歳になったばかりの頃亡くしているから、顔は覚えていない。ただ、物心がついた時から“居ないのが普通”として育ってきたこともあり、特段父親が恋しいと思ったことは殆ど無かった。ところが、父親が亡くなった年齢の倍以上も生き、孫たちと生活を共にするようになってからは、妙に恋しくなることがある。「親父も、子供の成長に安堵し、孫や曾孫と遊びたかっただろうな」、とふと思う瞬間だ。「苦労だけして!」と分かった風な事を思うこともある。仏壇に手を合わせながら孫や曾孫の様子を報告する時など、特にそうだ。

そんな風に、老い先短いこの老人でさえ、親と会えない寂しさをふとした時に感じることがあるのだ。小児だったら、尚更だ。子育て四訓として、「〇乳児はしっかり肌を離すな、〇幼児は肌を離せ手を離すな、〇少年は手を離せ目を離すな、〇青年は目を離せ心を離すな」と言われる様に、まだまだ親の庇護やたっぷりの愛情が必要な年齢だ。両親の揃った周りの友達を見るにつけ、親のいない寂しさをより強く感じるのは、当然のことだろう。そう思うと、胸が締め付けられる。そして、「早く会えますように!」と、一緒に星に願いを込めている自分に気付く。どうか、そうした子どもたちの切実な願いを聞き届けて欲しい、と願うばかりである。


【文責:知取気亭主人】


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