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知取気亭主人の四方山話
 

『現場の知見』

 

2023年7月19日

先月から日本各地に被害をもたらしていた梅雨前線による大雨が、居座っていた九州地方から徐々に北上してきている。先週には北陸地方を襲い、そしてこの3連休には東北地方に居座り、秋田県を中心に大きな被害が発生している。19日からは再び東北地方で大雨になりそうだとの予報が出されていて、更なる被害拡大が心配だ。本格的な夏に向けて梅雨前線が北上していくのは例年のことではあるのだが、今年の前線による豪雨は、いつになく多くの地域を襲っているような気がする。

各地に被害をもたらしている豪雨は、最近よく耳にするようになった線状降水帯と呼ばれる厄介な気象現象が原因だ。どこにでも発生する可能性がある。梅雨前線活発化の走りである先月には、生まれ育った静岡県の西部地方に度々発生した。その度に、良く知る市町に“大雨警報”が出されたとか、聞き覚えのある河川が氾濫したとか、或いはその周辺の地域に“避難指示”が出されたとか、心配になる情報がテレビのテロップで頻繁に流される。スマホの情報着信音が、その度に鳴る。報じられる危険地域には親せきや友人も多く、心配だ。記憶を辿り、特に心配だと思われる地域に住む親せき・友人に電話を入れる。雨の様子や被害の有無を訊く為だ。

幸いなことに、直接の被害を被った知り合いは誰もいなかった。ただ、近くの川が氾濫しただとか、家に来る途中の道路が削られてしまい迂回しなければいけなくなったなど、間接的な被害を多少受けていることが分かった。中でも親爺の実家は、山奥にある為、途中の道路が結構やられた、と従兄は言う。それでもその話っぷりからは、直接の被害を被っていないこともあってか、昭和49年7月の「七夕豪雨」と呼ばれる甚大な水害を経験している為なのか、『大丈夫だよ』と落ち着き払っている。ただ、全国で被害が相次いでいる土砂災害については、一家言持っていて、電話の向こうで熱く語り始めた。

今日本の各地で山、特に植林した山が崩れるのは、間伐しない為に光が地中に届かず背の低い草木類が育たなくて山が荒れてしまうのも要因だが、それ以上に、植林する苗に問題があるというのだ。従兄は、若い頃から山仕事として植林も手伝って来たが、『植林する苗木は、水平に伸びる細かな根だけ残し、主根と呼ばれる地中深く伸びる根を切ってしまっている』と嘆く。何故切るかと言えば、『植林する際、主根の長さに見合う深い穴を掘る手間をかけないようにする為だ』、と何とも情けない理由を言う。切った主根はもう伸びず、横に広がる根ばかりが発達する為、何十年と経った立派な木でも簡単に倒れてしまう、というから怖い。確かに映像で観る倒木の根っこは、意外と浅い根ばかりだった様な気がする。

それは茶畑の茶の木にも言えて、植えた茶の木はユンボで簡単に抜ける、という。ところが、茶畑の脇に実を撒いて、その場所で成長した茶の木はユンボでもなかなか抜けず、「手間賃を1.5倍貰わないと嫌だ」と言われるらしい。地中深く伸びる主根がある茶の木は抜けにくいというのは、素人でも何となく分かる。だとすると、山に植える苗木の主根を切ってしまうのは、大きな問題だというのも理解できる。そこで、実際自生する木は主根が地中深くに向かって伸びるものなのか、グリーンキーパーをやっている会社の中庭で見つけた、モミジと思しき若木で確かめてみた。下の2枚(P-1、2)の写真がそれだ。

P-1
P-1
P-2
P-2

P-1の2本の若木を引く抜いた写真が、P-2である。確かに従兄が言う様に、2本とも地中に向かって、水平方向の根より太く立派な主根が伸びている。納得だ。従兄は、効率優先で主根の無い苗木の大規模植林を推し進めてきた行政に大きな責任がある、と熱く語る。森林の事、木の事、そうした山に暮らす為に必要な知恵を持たない都会の人だけで森林行政を決めてきたことが大きな問題だ、と言うのだ。

人柄が良く実直な従兄が口に出すくらいだから、余程腹に据えかねているらしい。また、山仕事の現場で実体験した知見だから、間違いないと思う。ただ裏付けが欲しい。そこで、実際「そうした主根の有る無しが崩壊の原因になっている」という様な研究成果があるのか、調べてみることにした。すると、ドンピシャの記事を見つけた。『くまもりNews』というサイトに掲載されている(http://kumamori.org/news/category/field/39620/)、2017年8月4日 (金)付の「九州北部甚大災害の原因は林野庁の拡大造林政策 福岡RKBテレビが平野虎丸氏の解説を報道」という記事だ。

くだんの記事には、僕が聞いた「主根を切った苗木を植林に使っている」との記述はない。しかし、(種から育った)実生スギと(植林に使われる)挿し木スギの根の違いを図示し、植林杉は根が浅い為土砂崩れを起こしやすい、と力説している。従兄は、「“種から苗木を育て”出荷する時に主根を切っていた」と説明してくれていて、“挿し木から苗木を育てる”との違いはあるが、主根がないことは一緒である。先にも書いたが、「主根の有った方が抜けにくくなる」というのは、至極納得できる説明だ。

だとすると疑問に思うのは、「主根の無い苗は抜けやすく倒れやすい」ということを行政は把握していなかったのか、ということだ。“把握していた”とすれば問題だし、もし“把握していなかった”とすれば、計画立案の際に「現場の知見」に素直に耳を傾ける、或いはそうした知見のある人を計画メンバーに加える、そんな度量が、足りないのかもしれない。


【文責:知取気亭主人】


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