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知取気亭主人の四方山話
 

『天敵がいればこそ』

 

2023年8月23日

毎年我が家では、ゴールデンウイークを目途に、グリーンカーテンを兼ねて家庭菜園をやり始める。細長い花壇とプランターを使っての菜園だ。畑と違い保水力が劣る為、晴天が続くと水遣りが日課となる。特に今年は、晴天続きの上に連日35℃前後の猛暑が続いていて、昼過ぎには朝元気が良かった葉っぱも、「疲れた!」と言わんばかりに萎れてしまう。お蔭で、梅雨明け以降は、朝晩2回の水遣りが欠かせないでいる。ただ、お世話係と収穫係を任じている家内が小まめにやってくれていて、土作りとグリーンカーテンの棚造り担当の小生は、思い出したように時々水道のコックを捻っている程度で失礼している。そんな小生の態度に野菜たちがお灸を据えているのか、家内に比べ蚊やブヨによく刺されている。

水遣り中に遭遇するのは、蚊やブヨばかりではない。8月のお盆ごろからは、カナヘビやニホントカゲ(総称してトカゲ)、バッタやカマキリなどの小さな生き物の、更に小さな子供達を良く見掛ける様になった。ベビーブームらしい。何れも小さくて可愛らしい。そんな可愛らしい姿をしている小さな虫たちだが、生き残る為に必死にエサを捕っている。自然界は厳しい。先の日曜日に遊びに来た外孫息子(5歳)が、『トカゲはコオロギも食べるよ!』と教えてくれたが、正にそれだ。家の中で内孫息子(10歳)が見つけたヤモリの子も、ハエやクモなどを巧みに捕って、そして食べる。

生き物の世界のこの“食べる”、“食べられる”を違う表現ですると、食べる方は“捕食者”と呼ばれ、食べられる側からすると恐ろしい「天敵」となる。ただ、自然界は良く出来ていて、ハエの天敵であるヤモリにも天敵(例えば鳥類)がいて、その天敵にもまた天敵(例えば猛禽類)がいて、良く耳にする食物連鎖が成り立っている。その中で人間は、食物連鎖の頂点に立つ最強の捕食者として、その恩恵にあずかる一方、連鎖を断ち切る大きな過ちも犯して来た。「連鎖を断ち切ったらマズイ」と気付くのが、ずっと後になってからのことが多いからか、そうした失敗は今も繰り返されている。

山里や山で暮らす、農業や林業で生計を立てている人達にとって、イノシシやシカ、或いは猿などによる獣害は、極めて深刻だ。『町に住む人たちには分からないだろうけど…』と、半ば諦め口調で「鳥獣保護管理法」への不満を語るのは、茶農家として山の暮らしを続けてきた従兄だ。上記大型動物の天敵だったニホンオオカミを(人間の身勝手で)絶滅させてしまった為、イノシシなどにとって、日本の野山は我が世の春を謳歌できる環境になってしまった。天敵がいないと、育てられる子供の数は増える。これは道理だ。

従兄によれば、イノシシはユリ根が大好物で、お蔭で地区のヤマユリは全滅してしまったと嘆く。また、丹精込めたトウモロコシやサツマイモなども、もうそろそろ収穫できるかなという時期が来ると、“お先に失礼”とばかりにイノシシに食べられてしまうという。対策として講じたのは電気柵だ。それも、ただ設置すればいい、というものではないらしい。ウリ坊を使って電気柵の下をほじくって畑に侵入してしまうため、地上ばかりではなく地下のある程度の深さまで対策を講じなければ食害は防げない、と嘆く。

ただ、それを講じたとしても万全ではない。高さ1mの電気柵は、シカなら余裕で飛び越えてしまうというのだ。シカはイノシシよりも悪く、何でも食べてしまうらしい。イノシシが食べない葉っぱや木の皮までもが、彼らのエサとなる。お茶の葉もよく食べに来るという。笑えない話だが、無農薬栽培の茶葉だからここは美味しい、と覚えてしまったのかもしれない。そんなシカから作物を守る為に講じた対策は、電気柵を2mまで高くした事だ。今のところ、この対策を講じた畑は被害に遭っていないというが、何やら人間が柵の中で生活している様にも見え、まるでブラックユーモアだ。それもこれも、天敵を絶滅させてしまった事に端を発している。やはり人間のエゴは、時々取り返しのつかない失敗をしでかしてしまう。農薬の多用によって、小動物たちの多くが絶滅の危惧に瀕しているのもそうだ。

農薬によって駆除される虫たちは、確かに人間にとっては害虫であったり嫌な虫だったりするかもしれないが、それらの天敵にとっては、貴重なエサとなっている筈である。したがって、人間が嫌いな虫でも、駆除すれば食物連鎖を断ち切ってしまう可能性が高い。奥さんの体調不良によって農薬が人間に与える悪影響に気付いた従兄は、難しいと言われるお茶を、随分前から無農薬で栽培している。自らの経験から、お茶農家にとって悩みの種のチャドクガも無農薬で大丈夫、と胸を張る。天敵のハチやカマキリやクモ、トカゲや小鳥などが一杯いて、せっせと食べてくれるから、害虫は大量発生したことがないという。

米寿を過ぎ時間ができた従兄、庭先でノンビリとトカゲを観察していたら、大きなトカゲはカメレオンのように舌を伸ばしてガを捕まえ、子供のトカゲは小さなアリを食べていた、と少年のように声を弾ませ語ってくれた。生物の多様性は、感動にも溢れている。

折しも、8月11日の北陸中日新聞朝刊に、『田に天敵 害虫寄れず』と題する、当該新聞記者による、「農を考える」シリーズの記事があった。無農薬でコメ作りをしている、実体験記事だ。従兄と同じ様に、天敵が豊かであれば害虫の抑制はできることを学んでいる。従兄の体験談やこの記事は、天敵がいればこその話、である。孫子の為にも、勿論安全な食の為にも、連鎖を断ち切ることなく、豊かな生物多様性を残していきたいものである。


【文責:知取気亭主人】


水遣り中に遭遇したトカゲの子供
水遣り中に遭遇したトカゲの子供

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