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知取気亭主人の四方山話
 

『感覚のズレ』

 

2024年12月4日

11月28日、注目されていた裁判の判決が出された。全国ニュースでも報じられていたからご存知の方も多いと思うが、2021年に大分市の一般道で死亡事故を起こした男性(事故当時19歳)の裁判だ。全国ニュースで取り上げられるほど注目されたのは、被告が時速194kmもの猛スピードで運転していたことが「危険運転致死罪」に当たるのかどうかの判決が下される、という点だ。担当した大分地裁は、「危険運転致死罪に該当する」との判決を下し、遺族の訴えが一部受け入れられたものとなった。関連記事を掲載した28日の北陸中日新聞朝刊では、「常識的な判決だ」と評価する弁護士の談話も掲載されていた。量刑が妥当なのかどうかは良く分からないが、“該当する”との判断は至極当然だと思う。

当初大分地検は、より処罰が軽い過失致死罪に当たるとして起訴していたが、遺族の「一般道で法定速度を遥かに超える時速194kmもの猛スピードで運転していたのに危険運転に当らないのはおかしい」との訴えや、その訴えに賛同する人々の署名によって、地検は過失致死罪から危険運転致死罪に訴因変更をしていて、2022年にそれが認められていたという。本来検察はどの裁判においてもより厳しく求刑すると思っていたのに、危険運転致死罪の適用には何となく及び腰になっていると思える流れである。そうした経緯もあって、全国的に注目されていた。また、どんな運転が危険運転に当たるのか、これまでの似た様な裁判の判決に於いては庶民と司法との感覚のズレも指摘されていて、そうした点もあって注目度は高かった。小生もその一人だ。

この裁判では、耳慣れない「進行制御困難な速度であったかどうか」という点が、争点の一つとなった。我々庶民からすると、横からの道と平面交差していて、自動車は勿論、歩行者も自転車も、下手をすれば動物さえも目の前を横切る可能性のある一般道を、法定速度の3倍を超え時速200km近い猛スピードで走れば、当然進行制御なんてできないと思うのが自然だ。そんなスピードでは、危険を察知したとしても急ハンドルは切れないし、急ブレーキを踏んだとしても間に合わないだろう。そんなギリギリの状態で運転しているのに、どうして進行制御困難だと言えないのか不思議でならない。

どうも、新聞記事を読んでいると、「進行制御困難」というのは、運転者が制御できなくなって、走っている車線を逸脱してしまうことを指すらしい。しかし、庶民感覚からすると、思い通りの方向に車を動かすことも、事故を起こさず安全に止まれることも含めて、初めて制御できていると言える。それは、車を運転するものなら肌感覚で分かっている事だ。法文を杓子定規に解釈する司法と庶民との感覚のズレは、この辺りが根本にあるのだろう。

あるテレビの報道番組では、時速194kmで走っている状態での感覚を“早送り”という方法で見せてくれたが、極端に視野が狭く、怖くてとても運転できそうもない。高速道路だとしてもかなり恐怖感がある。何が飛び出すか分からない一般道では猶更だ。そこには、スピードを出せば出すほど直ぐには止まれないという実体験があるからだ。では、時速194kmで走っている車はどれくらいの距離があれば止まれるのだろう。それを計算してみたのが、次の表だ。この表は、新潟県警察のホームページに掲載されていた『速度管理指針』を参考にさせてもらった(https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/325068.pdf)。尚、「空走距離」とは、危険を察知してブレーキを踏むまでに走ってしまう距離で、年齢などによって異なるが、ここでは0.75秒として計算してある。また、「制動距離」は、ブレーキを踏んだとしても停止するまでに走ってしまう距離で、路面状態やタイヤの摩耗状態などによって異なるとある。ここでは、乾いた路面として計算した(停止距離=空走距離+制動距離)。

車の速度 空走距離(m)※1 制動距離(m)※2 停止距離(m)
194km/h 約40.4 約211.7 約252.1
100km/h 約20.8 約56.2 約77.0
50km/h 約10.4 約14.1 約24.5

※1 空走距離:反応時間(秒)×速度(m/秒)、表は0.75秒で計算
※2 制動距離:速度(時速〇km)の2乗÷(254×摩擦係数)
        摩擦係数は、乾いた路面として0.7で計算、濡れた路面だと0.5

こうして比べてみると、時速194kmというスピードの異様さが際立つ。空走距離約40.4mというのは、時速50kmで走っている車の停止距離よりも長い。そして、危険を察知して止まるまでに約252mも走り抜けてしまうなんて、間隔が短い道路であれば2つも3つも信号がある場合だってあり得るほどの距離だ。その間、ハンドルを握りしめたままブレーキを強く踏み続けるだけの状態で、果たして“制御できている”と言えるのだろうか。とてもそうは思えない。

手元にある『岩波 国語辞典 第四版』(岩波書店 1986)では、「制御」の意味として「望むとおりの運転状態にすること(原文のまま)」と説明されている。恐らく機械を想定して説明されていると思うが、車において「望むとおり」とは、“事故を起こさない”というのが第一義的に来るはずだ。したがって、事故を起こした時点で望むとおりにはなっていない訳で、どれだけ注意しても望むとおりにコントロールできないスピードでの運転は、明らかに制御不能だと言える。何故法定速度が決められているのか、そこに立ち返って考えれば、庶民と司法との感覚のズレは無くなると思うのだが…。


【文責:知取気亭主人】


ツワブキ
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