|
2025年1月29日
島国故か武士階級が権力を牛耳っていた封建時代が長かったせいなのか、或いはもっと他に理由があるのか知る由もないが、日本には外国人にとって理解しがたい独特の諺や言い回しがある。例えば、「空気を読む」や「行間を読む」などの言い方は、恐らくどういう意味なのか理解できないと思う。また今回のテーマである「臭いものに蓋をする」なんて表現も、自分の意見をはっきり言うことが当たり前の諸外国に於いては、こんな回りくどい表現など、全くと言って良いぐらい馴染みがないだろう。「醜いことなどが知られないようにするために根本的な対策をせずに一時しのぎの方法で隠してしまう」という意味だが、恐らく英語などでは、もっと直接的な表現をするのだと思う。
このあまり褒められたものではない「臭いものに蓋をする」の根底に流れる考え方、改めて見渡すと、結構今の世の中にもはびこっている。これまで何回かこの四方山話でも話題として取り上げた、安倍政権時代に盛んに登場して国民の知るところとなった「のり弁」と揶揄される黒塗りの資料などは、その端的な例のひとつだろう。また、昨年秋に無罪が確定した袴田巌さんの事件、いわゆる「袴田事件」の再審裁判の過程で報じられていた、「警察や検察が調査・収集した証拠が全て裁判所に提出されている訳ではない」という現実、噛み砕いて言えば、「被疑者の犯罪を立証するのに都合が悪い証拠は提出しない」ということが行われている事も、臭いものには蓋をしてしまう行動の分かり易い例だろう。警察や検察は悪い奴を捕まえて懲らしめてくれる正義の味方、と子供の頃から信じていただけに、何とも恐ろしい話である。
国民的関心事で愚痴りたいものがまだある。中居・フジテレビ問題が大炎上しているお陰か、くすぶり続けてはいるものの一時より大分燃え上がる炎が小さくなって来た感のある、議員の先生方の裏金問題も、報道を聞く限り、「どうにかして責任逃れをしたい」の思いが強いのではないかと思えてしまう。「会計責任者がやったことだ」とか、「派閥からの指示で不記載にした」とか、「派閥から返金するなと言われた」だとか、弁明に四苦八苦している姿は何とか蓋をしてしまいたいとの歪んだ思いから言い逃れをしているのに過ぎない、とは穿った見方だろうか?いずれにしても、誰一人として、『私の不徳の致すところ、全ての責任は私にあります』ときっぱりと言い切った先生がいないのは、何とも残念で仕方がない。中居・フジテレビ問題にしても同じ穴のムジナではあるのだが…。
今まで述べてきたような「臭いものに蓋をする」という端的な例という訳ではないし、明らかにそうだと断じることも出来ないが、つい先日、「そんなものまで公に出来ないなんて何かやましいところがあるんじゃないの?」と邪推してしまう様な新聞記事があった。それが学術的なデータに関するものだったので、正直驚いている。研究者でも臭いものに蓋をするのか、と疑念を抱いてしまったのだ。
その記事とは、1月24日付の北陸中日新聞朝刊21面に掲載されていた、「遺跡などで出土した木材や木製品の年代を特定するのに“年輪年代測定法”が使われるのだが、その手法を用いる際に使われる基礎データが不開示とされていて、これを不服としたグループがこのデータの開示請求を行い、裁判で争った結果、東京地裁が研究者個人の調査によるものを除いて開示を命じた」というものだ。記事によれば、「年輪年代測定法」は元々アメリカで始まった手法で、日本では1980年代から奈良文化財研究所(以下、奈良研)が導入して研究に取り組み実用化させた、とある。であるならば、奈良研は日本に於ける同手法の本家本元だと言って良い。その本家本元が、腑に落ちないことをしていたというのだ。
同手法による年代測定には、物差しとなる「暦年標準パターン」が必要となるらしい。ところが、本家本元を運営する国立文化財機構がその標準パターン作成に用いた基礎データなどの公開を拒んだ、というのだ。一般的に、新たな手法がその分野の標準となるためには、その手法の優位性を示し広く使われる様に、出来る限り公開していく事が必要だ。そうすれば、第三者がその手法の妥当性を評価することができ、ひいては優位性も示してくれる。そう考えると、「データ不開示としたのは研究を阻害するからだ」とはされているが、それだけなのかと俄かには信じられないでいる。原告側は、「標準パターンの作成にミスがある」とも主張していて、そうしたあまりよろしくない記述を読むと、公開しないのは何かやましいところがあるからではないか、と疑ってしまう。
もう随分前になるが(2000年に発覚)、考古学(旧石器時代)の分野で、大騒ぎとなったおぞましい不祥事があった。「神の手」と呼ばれていた著名なアマチュア研究家が、本人が事前に埋めていた偽物の石器をあたかも発見したかのように次々と掘り当てていた事件だ。それまで歴史的大発見と称賛されてきた数々の発掘成果と共に、築き上げてきた信頼と評判は、ものの見事に崩れ去ってしまった。考古学界全体も信頼を失った。今回の記事を読んでいてそれを思い出してしまった。よもやあれほどの不祥事はないと信じているが、今回の新聞記事を読んでいるうちに、だんだんと心配になってきた。杞憂に終われば良いのだが…。
なお、「年輪年代測定法」に興味のある方には、「日本文化財科学会(JSSSCP)」のホームページ掲載の『年輪年代法』と題する論文がお勧めである。(https://www.jssscp.org/files/backnumbers/vol.16_2.pdf)
【文責:知取気亭主人】
山茶花
|
|