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2025年3月26日
「失敗学」という聞き慣れない分野を提唱し確立させた畑村洋太郎氏の著書に、『失敗学のすすめ』(講談社 2000)がある。それまでどちらかと言えばタブー視されてきた“失敗”に光を当て、その失敗から学ぶことの重要性を説いた名著だ。畑村氏が失敗学を提唱するまでは、(特に日本於いては)失敗を忌み嫌う傾向が強い上に、「無かったことにしよう」とか「たまたま悪条件が重なったから上手く行かなかったんだ」など原因探求の意欲に乏しく、最後には「失敗したのは○○のせいだ」と責任を個人に帰してしまう傾向が強かった。それでは根本的な解決にはならず、同じ失敗を繰り返してしまう。だから失敗に学び、原因を究明して、同じ失敗を繰り返さないような対策を取る。その重要性を説いた本である。
本書の中で、特に鮮明な記憶として残っている、「社会を発展させた三大事故」と題する節がある。仰々しく書けば、我々が今便利で安全な生活を送ることができるのも、この三大事故を検証し、原因を究明し、新たな知見を得て技術の進歩に繋げることができたからだ、となる。この三大事故から得られた新たな技術的知見によって、我々は多大な恩恵を受けている。簡単にその三大事故を紹介する。
一つ目は、アメリカのワシントン州ピュージェット湾に架かるタコマの吊橋(タコマナローズ橋)が、完成から僅か4ヶ月後に、秒速19mの横風で脆くも崩壊した事故だ。吊橋を激しく揺らしたのは、当時未知であった「自励振動」であることが解明された。この事故により得られた新たな知見によって、以後建設された多くの長大吊橋には補強対策が取られる様になり、台風などの強風にも耐え安全に運用されている。
二つ目は、1952年に世界で初めて就航したジェット旅客機2機(イギリス製のデハビランド・コメット機)が、1954年に相次いで空中分解した事故だ。「失敗学会」の資料によれば(https://www.shippai.org/fkd/cf/CB0071012.html)、与圧の繰り返しによって「金属の疲労破壊」を起こしたのが原因だったという。この事故調査のお蔭で、今では世界中の人々が、ビジネスに旅行にと、気軽にジェット旅客機を利用できる社会になった。
三つ目は、船の事故だ。アメリカで建造されたリバティー船と呼ばれる1万トンほどの輸送船が、就航間もない1942年から1946年にかけて、次から次へと不思議な破壊事故を起こしたという。本書によれば、その数、建造された4700隻の約1/4に当たる約1200隻。解明された原因は、熔接の欠陥と、低温によって金属が脆くなり「脆性破壊」が生じた、と断じられた。畑村氏は、この事故解明が“破壊力学の出発点”となった、と述べている。
この様に、事故などの不幸な出来事が起こっても、その原因を究明して対策を講じ、二度と同じ様な出来事が起こらないようにすることができれば、例え悲惨な事故であっても次に活かされる。そのためには、「この事故は特殊な事例だ」と除外せずに、対策が講じられるよう徹底した事実の把握と原因の究明が必要不可欠だ。それは、上記の様な事故ばかりでなく、人為的に起こした事件でも、同じことが言える。
翻って今から30年前に引き起こされた「地下鉄サリン事件」に目を転じると、徹底的に事件に学び、二度とあのような大惨事にならない様な対策が講じられるようになったのか、疑問を禁じ得ない。テレビや新聞の報道を見聞きする限り、どうもそうではないらしい。「カルト集団が引き起こした特殊事件」として、特異な事例として扱っている様に見受けられる。「もうあんな事は起きないだろう」との甘い考えがある様に思えてしまうのだ。これって、歪んだ見方なのだろうか。
「地下鉄サリン事件」は、1995年3月20日に「オウム真理教」によって引き起こされた無差別のテロ事件だ。もう30年が経つ。乗客や乗員ら14名が死亡し、凡そ6,300人もの人が重軽傷を負った。猛毒の「サリン」を使い、今でも多数の被害者がその後遺症に悩まされているという。救助に当たった消防団員も被害に遭っている。化学兵器でもある「サリン」を、自分たちで合成し、これをばらまいたこと自体、確かに一般人では成し得ない事だ。さりとて、「オウム真理教はそれを実行した」という事実から導かれるのは、「サリン」も含め同じ様な事件が起こる可能性は否定できない、ということだ。恐らく、自衛隊や消防などでは、化学テロに対する処理マニュアルなど、既に対策を講じているものだとは思う。
ただ、「国は後遺症に悩む被害者の追跡調査を実施していない」という事実を知ると、この不幸な出来事から学べる機会をみすみす逃してしまっている様に思えてならない。そして、後世に残すべき新たな知見も忘れ去られる可能性が高い。今月上旬に放映されたNHKテレビによれば、地下鉄サリン事件の被害者全員のカルテが保存されず、国による追跡調査も行われなかったという。このままでは、「サリンによる後遺症の治療方法を確立する」というまたとない機会を失ったことになる。
と憤っていたのだが、治療に係わった医師や被害者の声が届いたのか、3月19日になって突然、「厚生労働省は、残っているカルテなどを電子化して保存することを決めた」と報じられた。やっと重い腰が上がったか、とちょっぴりうれしく思っている。これで少しは、後世の人々の学べる機会が残されたことになる。ただこのような不幸な事件が引き起こされた時点で、将来の為に事象や調査結果を克明に記録し残す、国はそんな視点を持っていてほしいものである。
【文責:知取気亭主人】
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「失敗学のすすめ」
【著者】 畑村 洋太郎
【出版社】 講談社
【発行年月】 2000/11/20
【ISBN】 9784062103466
【頁】 255ページ
【定価】 1,760円(税込)
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