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知取気亭主人の四方山話
 

『落魄(おちぶ)れて』

 

2025年4月2日

鹿児島県の民謡に「串木野さのさ」というのがある。ネット情報によれば、明治時代に唄われ始めたものらしく、マグロ漁で長期間陸地を離れなければならない漁師たちが、故郷を偲んで唄ったものだという。と、さも良く知っているかのように書いたが、実は実際の歌唱をまだ聞いたことがない。ただ、第1121話の四方山話『つもりちがい』で紹介したメモ帳に、その「串木野さのさ」の歌詞の一部を書き留めてある。書き留めた経緯については記憶にないが、恐らく、歌詞を引用していた記事の内容とこの歌詞が見事にシンクロしていたからだろう。民謡と言えば「陽気に歌って踊る」、そんなイメージの唄が多い中にあって、何とも示唆に富んでいて、「人情とはそうしたものなんだろうな」といたく感心させられたからに違いない。では、どんな歌詞だったのか、早速ご紹介しよう。

♪落魄(おちぶ)れて 袖に涙の かかる時
  人の心の 奥ぞ知る
  朝日を拝む 人あれど 夕日を拝む 人は無い♪

皆さん、「そうだな!」と膝を叩いたのではないだろうか。初めてこの歌詞に巡り合った時、小生も強く膝を叩いた。この歌詞にもある様に、落魄れた時にこそ、他人の本心は分かる。勢いがあって金回りの良い時は、何だかんだと言って人は寄ってくる。ところが勢いがなくなり陰りが見えて、金回りが悪くなってくると、潮が引く様に離れて行く。それ程人の心というものは現金なものだということを、この歌詞は見事に言い当てている。もう亡くなってしまったが、横綱まで上り詰めた輪島にも、そうした噂話が地元の石川県では囁かれていた。つい最近も、言い得て妙のこの「串木野さのさ」の歌詞を思い出させる、小さな事件が報じられ、時の流れとは言え何とかならなかったものかと、複雑な思いでいる。

3月25日、元プロ野球選手で往年の大投手米田哲也容疑者(87)が窃盗の疑いで現行犯逮捕された、とのニュースが報じられ、二度見するほどビックリしてしまった。しかも盗んだのが、金銭や高価な貴金属などではなく、350ml入りの缶チューハイ2本だというから泣けてくる。現行犯逮捕だから言い逃れできないのだろう、本人は容疑を認めているという。被害金額は、1,000円にも満たない。そんなものに手を出したとは、アルコールに溺れる程荒んだ生活をしていたのだろうか。もしそうだとすると、輝かしい球歴を知っているだけに、そのあまりの落魄れ方が哀れだ。

ネット情報によれば、22年間の通算勝ち星は金田正一に次ぐ歴代2位の350勝、19年連続2ケタ勝利のプロ野球記録を持ち、今では殆ど見られなくなった20勝以上を8度も達成しているとある。2000年には野球殿堂入りも果たしている。今流行りの言葉で言えば、正に日本プロ野球界のレジェンドだ。我々プロ野球のオールドファンにとっては、川上や金田、中西、稲尾、王、長嶋、張本、野村などと同じで、誰もが知っている名選手だったのに、1,000円にも満たない金額で晩節を汚してしまった。何ともやるせない。

22年間も現役で活躍し、その後もコーチなどとして野球に係わってきていたのに、缶チューハイを買うお金に困るほど、生活に困窮していたのだろうか。今でも男子の憧れの職業として必ず名前の挙がるプロ野球選手、しかも大投手だったのに…。これだけ長く活躍した大選手でも老後に困窮してしまうとなると、例え子供たちが憧れたとしても親たちは待ったを掛けるのではないか、といらぬ心配をしてしまう。

米田元選手に関しては、事業に失敗したり、現役時代の麻痺した金銭感覚のまま引退後も生活していたり、果てはアルコールが手放せなかったりと、落魄れた原因は、色々と取り沙汰されている。しかし彼に限らず、野球界を離れた途端に第二の人生で躓き、困窮とまではいかないものの金銭的に苦労している元プロ野球選手は、結構いるらしい。大リーグの話を聞くにつけ、プロ野球で活躍すれば老後の保障は手厚いのだろうなと思っていたのに、である。どうやら、現実は厳しいらしい。

元々、プロ野球界にも年金制度はあったという。しかし、2012年に廃止されてしまったらしい。現在、引退した選手に支給されるのは、10年以上支配下選手として活躍した人でさえ、満55歳と満60歳の時の一時金各50万円だけだという。聞こえて来る大リーグの手厚い年金制度に比べると、(尤も10年以上在籍しないと権利は生じないらしいが)何とも寂しい限りである。こうした老後の保障だけではなく、プロ野球界が抱える課題は他にもあるようだ。例えば、肖像権。アメリカや韓国は選手にあるのに、日本は球団が持っているという。どうやら、華々しく見えても、日本のプロ野球界は選手ファーストではないらしい。

大リーグと比べると旧態依然としていないだろうか。最近増えてきた大リーグ中継で教えられる数々の制度や仕組み、選手ファーストやビジネスという視点で見ると、日本の遥か先を進んでいる様に思える。第二の米田を出さない為にも学ぶべき点はどんどん学んで取り入れて行く、そんな姿勢が必要だと痛感させられる報道であった。


【文責:知取気亭主人】


金沢城公園の紅梅
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