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知取気亭主人の四方山話
 

『鯉のぼりへの想い』

 

2025年4月30日

今年も春の大型連休がやって来た。誰が名付けたか、ゴールデンウイークとは上手いことを言ったものだ。ただ今年は、「ゴールデンとまではいかない」という話も聞こえて来る。4月30日から5月2日まで3日間出社日が続いて連休が取り難い、なんて人も多いからだ。それでも、日本人にとっては、長休みが取りやすい貴重な時期である。しかも天気に恵まれることが多い。ここ北陸では、重く垂れこめていた冬の雪雲が春の訪れとともに北上して、待ちに待った気持ちの良い青空が増えて来た。そんな青空の下、冬の間のうっぷんを思い切り吹き飛ばすかのように悠々と泳ぎ、辺りを圧倒するのが“鯉のぼり”だ。

端午の節句に揚げる鯉のぼり、春の青空によく映える。今どきの住宅事情もあって、街中で見かけることはめっきり少なくなってしまったが、元気良く泳ぐ鯉のぼりを見ていると、心まで晴れやかになってくる。小さな真鯉や緋鯉の鯉のぼりを見ただけで、その家庭の暖かさや賑やかな様子が伝わってきて、ホッコリした気分になれる。ひと際目立つ鮮やかな色付けをしているだけに、華やかな気分にもなれる。そう言えば一番上の孫娘がまだ幼かった頃、たくさん泳ぐ鯉のぼりを見て、とても可愛らしいことを言ったのが、今でも爺婆の記憶として鮮明に残っている。

その愛らしい思い出は、今から10年以上も前の、孫娘の話し言葉が増え始めた頃のことだ。静岡の田舎に帰り、家内の実家周辺を散歩していた時だ。平地からでも見える近くのちょっとした山間に、両側の尾根から張られたワイヤーに吊るされ集団で泳ぐ、色とりどりの鯉のぼりが見えた。それを見た孫娘、何を思ったか突然、可愛らしい声で『オカナおいちいね!』と呟いたのだ。周りにいた大人は、『そうだね、美味しいね!』と相槌を打ちながら、思わず笑みがこぼれたものだった。「オカナ」とは、孫娘にとって「お魚」のことを指す。少し長くなるが、その辺りのことを説明するとこうだ。

七人いる孫の中で最初に生まれて来てくれたこの孫娘、誕生以来幾度となく四方山話の話題不足の救世主になってくれていて、第460話『癒しの 幼児語辞書』(2012年5月2日)でも登場させている。『癒しの 幼児語辞書』は、その当時話題となっていた「辞書づくり」をテーマにした直木賞作家三浦しをん氏の小説『舟を編む』(光文社 2011)をもじって、1歳7ヶ月になったばかりの孫娘が発してきた幼児語を書き留めたもので、要は「孫言葉の一覧表」みたいなものである。その孫娘が発する、まだ数えるほどしかないたどたどしい言葉の中で、魚のことも取り上げた。妻が、『お魚美味しいね』と声掛けをしながら食べさせていたところ、いつしか自分でも『オカナおいちいね』と言うようになった。当然、魚を食べることが大好きになった。本人の中では「おさかな」と言っているつもりが「オカナ」になってしまっている、という訳だ。

それにしても、泳いでいるあんな大きな鯉のぼりが魚に見えるなんて、余程お腹が空いていたのだろうか。それとも、大分遠くに見えたから、ひょっとすると本当に魚だと思ったのかもしれない。その呟きを聞いた時、“どんな大食漢になるんだろう”と冗談半分、楽しみ半分で成長を見守って来たが、驚くほどの事にはならずにチョッピリ安堵している。

そんな孫娘の逸話はともかくとして、端午の節句を祝う鯉のぼり、童謡の歌詞にある様に五月晴れの空に悠々と泳ぐ姿をあちらこちらで見られると良いのだが、今は昔である。我が家の鯉のぼりも、住宅事情には勝てずもう揚げられないでいる。そうした、もう泳がせることも無くなった鯉のぼりは、色々な所で集められ、今の時期各地で大量の鯉のぼりを飾るイベントが行われる様になっている。中には、金沢市の浅野川で催される様に“鯉のぼり”ならぬ“鯉流し”が行われる所もある。

いずれにしても、一年に一度しか泳ぐ機会のない鯉のぼりであるが、それぞれの家庭の思い出がいっぱい詰まっている。仕舞われたままになっている我が家の鯉のぼりも、例に漏れずだ。恐らく、鯉のぼりを飾る家族の想いは、どこの家庭も、いつの時代も変わらないと思う。子供への愛おしさが伝わるのだろう、泳いでいる鯉のぼりを見ると、どこか懐かしくもあり、暖かな気持ちにもさせてくれる。ところが今回、ちょっと複雑な心境にさせられる鯉のぼりを見た。能登の被災現場でのことだ。

26,27日の両日、5人で能登半島の被災現場を見て回った。ここかしこに、2024年元旦の能登半島地震と同年9月の豪雨災害の爪痕が無残に残っていて、復興事業は果てることのない挑戦の様に思えてくる。仁江(にえ)もそんな現場のひとつだ。崩壊地全景の写真を撮ろうと振り向くと、無残な爪痕の中で勢い良くはためいている鯉のぼりが目に飛び込んで来た。それまで見て回った被災地の景色とは明らかに一線を画し、異彩を放っている。

一瞬、復興への希望のシンボルにも見えた。しかし暫くすると、新たな命が誕生したのか、被災はしたが男の子が無事なのを祝っているのか、それとも残念ながら…、と複雑な気持ちになってしまった。辺りの惨状からするに、単純に喜んではいけないのではないか、と思えたのだ。車の中で交わされた会話から想像するに、皆が似た様な感情を抱いたらしい。それにしても、どんな想いであの鯉のぼりを飾ったのだろうか。どうか希望の旗印であって欲しい、明るい想いであって欲しい、と願うばかりである。


【文責:知取気亭主人】


鯉のぼり

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