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2025年10月8日
ホンダのカリスマ創業者として知られている故本田宗一郎(1906〜1991)の幼い頃の夢は飛行機を作ることだった、と言われている。彼自身はその夢の実現を見ることはできなかったが、その遺志を引き継いだ社員たちが見事実現させた。そして、「ホンダジェット」として2016年、アメリカの空に飛び立った。ビジネスとしての黒字化はまだ先になるらしいが、売れ行きは順調だと報じられている。また数年後には、アメリカ大陸を無補給で横断できる、小型のビジネスジェット機としては世界初の機体を販売する計画だと発表されていて、順調に拡大・成長している様だ。
そのカリスマ創業者本田宗一郎とパートナーを組み、名参謀・名経営者と言われた人がいた。主に経営戦略と財務を担った故藤沢武夫(1910〜1988)だ。「ホンダが躍進できたのは、技術者である本田宗一郎と、経営者たる藤沢武夫がいたからだ」とも言われている。その藤沢武夫は数々の格言や名言を残しているが、唯一小生が暗唱できるものがある。「経営者とは3歩先を読み、2歩先を語り、1歩先を照らすものだ」である。今の様にホンダが躍進できたのは、この名言の通り、二人の先を見通す力、いわゆる“先見の明”があればこそ、に違いない。そうした先を見通す力を必要とするのは、何も企業に限ったことではない。人が集まり組織となれば、必要不可欠なものだと思う。
では、日本の政治・行政の世界を見た場合、そうした人はたくさんいるだろうか。国や地方自治体を企業に例えれば、舵取りを担う首長や行政機関のトップは経営者であると言えるのだが、日本の現状をつらつら考えるとどうも怪しくなってくる。トップが本来の舵取りの方向性を巡って議会と丁々発止のバトルを繰り広げるのならいざ知らず、セクハラやパワハラ、或いは経歴詐称問題や部下との不倫問題などお粗末な醜聞でやり玉にあがり、本来の行政審議が滞っているニュースが後を絶たない。恥ずかしい限りである。「こんなことをしていたらどうなる?」と、自らの醜聞の先が全く読めていない。端から持っていなかったきらいもあるが、首長ともなると、“先見の明”など当選した途端にどこかに吹き飛んで行ってしまうものらしい。
国政でも似た様な醜聞を度々聞かされているが、“先見の明”で思い出されるのは、今から半世紀ほど前、小生20代の頃に報じられていた“青田刈り”だ。米価高騰のニュースを聞く度に思い出す。琵琶湖に次いで二番目の広さを誇った秋田県の八郎潟は、戦後の食糧難を背景に、昭和32年(1957)に干拓工事が始まった。ところが、希望を持って入植した農家たちは、やがて時の政府の農業政策に翻弄されていく。入植して米を栽培し始めた途端に「稲穂が実る前に刈り取れば補助金を出す」との減反政策のあおりを受け、泣く泣く青い稲を刈り取っていた、テレビ画面に映し出される農家の姿が忘れられない。今の食料自給率の低さを考えれば、干拓事業を計画し成したのは“先見の明”があったからだ、と思いたい。その一方で、入植した農家たちを翻弄したのは政府の“先見の明”の無さだ、と断じるのは酷だろうか。しかも、今再び増産の機運が高まり、農家はまたも翻弄されようとしている。
そんなことを思うと、この人は大丈夫だろうか。まだ首班指名された訳ではないが、自由民主党の新しい総裁に選ばれた高市早苗氏のことだ。しっかりと“先見の明”を持って日本を引っ張って行ってもらいたい、そう願うのは小生ばかりではないだろう。ところが、何やら後ろでうごめく影があるとの噂を耳にすると、「大丈夫かな?」と心配になってくる。藤沢武夫の様に“先見の明”に長けた名参謀が必要なのではないか、と要らぬ心配もしてしまう。
そうした心配を払拭してくれそうな、「こんな人がいてくれたらなぁ!」と思う人物が一人思い当たる。残念ながら、現代人ではない。もう随分前に亡くなっている。しかも処刑されて。その名を小栗忠順(おぐりただまさ)(1827〜1868)という。幕末に生きた人物、幕臣だ。黒船来航の頃から江戸幕府が倒れるまで、勘定奉行などの要職に就き、今にも倒れようかとしている幕府の近代化を必死に推進した英傑だ。小判とドルの不平等な為替レートを是正したり、100年先を見越して、造船所の必要性を説き「横須賀製鉄所」の建設を主導したり、西洋式軍隊の導入や官制改革にも尽力した人物だ。正に、今の政府に必要な人物だと思えるのだが、如何だろう。
その小栗忠順を扱った本がある。佐藤雫著『残光 そこにありて』(中央公論新社 2025)だ。その帯には、「幕末動乱期。国の存亡に際し 誰もが保身を考える中、彼だけは、100年先の人々のことを想っていた。(原文のまま)」と書かれている。彼が提唱・計画した数々の施策を知ると、その通りだと思う。本書を読んでみると、もうだいぶ前に知り合いから小栗忠順に関する本を何冊か薦められていたのだが、手に取ることなくここに至ってしまったのがどうにも悔やまれる。
この激動の現代において、100年先を見通すのは難しいことだとは思う。しかし、1億2千万人もの行く末が、トップの手に委ねられているのだ。是非とも100年先の人々のことを想いやって、慎重に、しかし大胆に、我がにっぽん丸を操縦して行ってもらいたいものである。
【文責:知取気亭主人】
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「残光 そこにありて」
【著者】 佐藤 雫 著
【出版社】 中央公論新社
【発行年月】 2025/6/20
【ISBN】 9784120059223
【頁】 304ページ
【定価】 2,310円(税込)
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