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知取気亭主人の四方山話

『令和の米騒動』

2026年9月2日

金沢城に隣接する兼六園の一角(眺望台)に立つと、市街地を挟んで小高い卯辰山(標高141m)が正面に見える。ネット地図で測れば、距離は凡そ1.5km前後しかない。天候さえ良ければ、お互い大声で叫べば聞こえるのではないか、と思えるくらいの近さだ。今は「卯辰山公園」として整備され、市民憩いの場となっている。また、桜をはじめとする四季折々の木々の彩りを楽しめたり、市街地や日本海を眺望できるスポットもあったりして、市民ばかりでなく観光客も良く訪れている。そんな卯辰山だが、今から約170年前の安政5年(1858年)7月11日、「安政の泣き一揆」と呼ばれる米騒動が起こった地であることは、あまり知られていない。

「市民が見つける金沢再発見の会」が発信している『伝説ですか実話ですか「安政の泣き一揆」』(https://ameblo.jp/kanazawa-saihakken/entry-11282842364.html)によれば、地震や長雨などによって凶作になり、米の値段が上がったことが引き金だったという。11日に困窮した庶民2000人とも言われる人たちが、12日深夜には500人が、卯辰山に登り、城に向かって『米をくれ〜』と泣き叫んだという。この声は城に届き、13日には藩のお蔵米が米商人に売り渡され、販売価格も安く指定されて、値段は低く安定したという。ただ、翌年、首謀者とみられる5人が斬首され、別の2人も獄中で亡くなっていて、全てハッピーエンドという訳にはいかなかったらしい。興味のある方は、上記のサイト閲覧をお勧めするが、これが「安政の泣き一揆」の概要だ。武力に頼らないで思いのたけをぶつけた庶民も、これに即座に応じた藩主も、当時としては特筆すべき事案だったのではないかと思う。

ただ、一揆と呼ばれるほどの騒動は、多くは食べる物に困窮して引き起こされている印象が強く、この騒動も主食の米の不足が引き金だった。「衣食足りて礼節を知る」とはよく聞くが、その理(ことわり)からすれば、食が足りなければ礼節を失ってしまうのも当然なのかもしれない。その「安政の泣き一揆」から凡そ170年経った今、かつて「瑞穂の国」と称された日本で、「令和の米騒動」が持ち上がっている。フィリピンのピナツボ火山の噴火(1991年)が原因と言われる冷夏によって米不足が生じ、大騒ぎをした「平成の米騒動」(1993年)以来の、国中を巻き込んだ米に関する騒動だ。

昨年(2025年)は、米不足が指摘され、庶民が手にする販売価格は急激に上昇し、政府の備蓄米が緊急放出された。しかし、米価は高止まりしたままの様相を呈していた。放出された米も含め、どこかに滞っていたらしい。ところが今年(2026年)の新米が出回り始めると、価格は一転、8月26日の北陸中日新聞朝刊(以下、新聞)では、「昨年の凡そ3割安で売られている早生品種もある」と報じられている。今後出回る石川県産の主力品種も同様の傾向になるのではないか、とも報じている。そうした小売価格の下落に伴って、JAが生産者に払う概算金(60キロ当たり)も、「JA全農いしかわ」が前年比で約3割、「JA全農とやま」は約2割引き下げた、と新聞は報じている。

しかし、毎年こんなに概算金が変動したのでは、消費者は勿論だが、米の専業農家もたまったものではない。以前は、“米価は物価の指標”と言われていた筈なのに、その座を明け渡してしまったらしい。そこで、私の正確な記憶が残っている金沢市を走るバス初乗り運賃などと比較して、米価も同じように変動しているのか、簡単に比較してみた。

私が金沢に来た頃(1967年)の金沢市内のバス初乗り運賃は、20円だった。学食のカレーライスが50円だったと記憶している。それから半世紀余り過ぎた今の市内初乗り運賃は、220円だ。11倍になっている。では、米価はどうなのだろう。栃木県大田原市の資料ではあるが、『大田原市/資料デジタルアーカイブ』によれば、昭和42年(1967年)の米価は60キロ当たり7,592円とある(https://adeac.jp/otawara-city/text-list/d100020/ht020880)。それが、今平均5キロ3,500円とすれば、60キロでは42,000円の価格となり、1967年の凡そ5.5倍となる。5キロ4,500円としても60キロ換算54,000円で、7倍程にしかならない。どうもバス運賃に比べて米価の値上がり率は低いような気がする。我々消費者にとっては嬉しい限りだが、生産者が疲弊して、『米作りなんかやーめた!』なんて言われたら、それこそ大変だ。

金沢市の今のバス初乗り運賃が高すぎるのだろうか、それとも米価が安すぎるのだろうか。因みに、1967年にやった最初のアルバイトは、倉庫の掃除で日給800円だった。今石川の最低賃金は時給1,054円とされている。8時間働けば、8,432円だ。昭和42年当時の凡そ10倍となる。何かその辺が目安のような気がする。

いずれにしても、我々がこれからも安心してお米を食べられる為には、生産者に意欲を持って米作りをしてもらわなければならない。そして、消費者が安心して買える価格であることや、国民の主食ぐらいは自国で賄えることも、絶対に必要だ。エネルギーに加え主食さえも外国に頼らなければならないとなれば、国の存続が危ぶまれる事態が生じかねない。同盟国だと頼りにしていた国・地域も、今のトランプ大統領の言動を見ると、あっさりと手のひらを返されかねない危険性があることを思い知らされた。だからこそ、食糧安全保障という観点からも、欧米が取り入れているという生産者へ直接支払いをする補助金制度の導入を実現し、農家を支援してほしいものである。


【文責:知取気亭主人】


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