アンカーの種類、用途(斜面安定用、構造物固定用)、各タイプの特徴、長期信頼性等について述べます。
川俣ダム: 50年前に国内最初の大規模アンカー工を実施。2018年から岩盤PS工更新アンカー工事を実施している。
1.アンカーとは、アンカー工法とは
アンカーとは、世界的には「岩盤や土砂に削孔後に孔内に設置され、深部をグラウトを定着された後に緊張されたテンドン」である。
テンドンとはPC鋼材(鋼より線、鋼棒)を束ねた引張り材で、様々な機材が組み込まれた「アンカーシステム」として現地に設置される。アンカー工法とは、アンカーシステムに緊張力を与えて対象物を緊結することで安定化させる技術である。
アンカーの定義は、国内標準規格の地盤工学会グラウンドアンカー設計・施工基準(p21)によると、「グラウンドアンカーとは,作用する引張り力を地盤に伝達するためのシステムで,グラウトの注入によって造成されるアンカ一体,引張り部,アンカー頭部によって構成されるものである。」である。
その概念が下図に示されているが、テンドン以外に様々な部材と器具がシステムとして組み込まれる。
アンカーおよびテンドンの長さと径を示す用語
アンカー長は原則的に自由長4m以上+定着体長(アンカー体長)3m以上(計7m以上)
一方、世界標準規格のPTI技術勧告(PTI:米国ポストテンション学会、p2)によると、
Anchor: A tendon installed in a drilled and grouted hole in the ground (soil or rock) that is stressed after installation.”
である。
上枠内のアンカー、アンカー工法の定義は、上記の2つの基準類を組み合わせた。
アンカーの用途
アンカーは、その緊張力によって、経済的に斜面の安定や構造物の固定を図ることができる。
その目的や用途に今や多くにわたるが、アンカーの主な使用例を図に示す。
(a)法面・斜面の安定
(b) 地すべりの抑制
a), b) が使用実績の多くを占める
(c) 橋脚の固定
(d) 橋脚の固定
(e) アンカー式擁壁の固定
(f) 片桟道の固定
g) 構造物の固定(浮上がり防止)
g) 堤体の固定
(h) 擁壁の固定
(i) 防災および景観の保全
図:グラウンドアンカー維持管理マニュアル2008年、編集 土木研究所・日本アンカー協会
2.海外と国内のアンカーの考え方の違い
欧米豪と国内でプレストレスの意識が違っており、技術分野上の位置づけも異なる。
海外: |
構造物補強を用途としたロックアンカーが多く、プレストレスの意識が高い。PC橋梁とアンカーは類似技術として、同一の技術部門が取り扱うことが多い。 |
国内: |
斜面安定を用途としたソイルアンカーが大半を占めるため、プレストレスの意識が少ない。PC橋梁技術とは別系統であり、両者の技術部門も基本的に異なる。 |
上記の位置づけの違いは、主にポストテンションやプレストレスへの意識の違いから来ている。その違いを海外、国内で記すと以下の感じとなる。
・ |
海外(欧米豪):構造物固定用のアンカーは、Post Tensioned Anchor(or
Post Tensioning Anchor)と呼ばれ、ダム用アンカーはこれに属する。その基本的な設計思想は、アンカーのプレストレストで対象物を締めつけて構造体としての安定を図るという考え方である。 一方、斜面安定用アンカーも含めてアンカーは、プレストレストロックアンカー/プレストレストソイルアンカー(PTI、米国ポストテンション学会)、プレストレストグラウンドアンカー(fib:国際コンクリート学会) と呼ばれ、プレストレスの意識が高い。欧州基準(EN)では、グラウンドアンカーと呼ばれるが、ソイルアンカーが主対象である。 |
・ |
国内:グラウンドアンカー(地盤工学会)または地盤アンカー(建築学会)と呼ばれ、主対象は斜面安定用のソイルアンカーである。ポストテンションやプレストレストを付けることは無いが、その理由として「主な対象物が土砂などの塑性体であることから、常時の締付けはあまり高くせず、地すべり時に待ち受け的にアンカーを機能させたほうが効果的である」ことがある。 |
アンカーの用途と定着地盤による設計の違い
アンカーの用途と定着地盤によってアンカーの設計は違ってくる。
・ アンカーの用途は斜面安定用と構造物固定用に大きく区分すべきである。
・ 定着地盤によってロックアンカーとソイルアンカーに分けるべきである。
以下に設計アンカー力(=必要な緊張力)等の基本的な設計方法の違いを示す。
1)斜面安定用のアンカーの設計(現行:地盤工学会のグラウンドアンカー基準に準拠)
道路、地すべり、貯水池等の斜面の安定に使用され、国内アンカーの大半を占める。各アンカーは群アンカーとして補完し合うように地盤表面に配置される。
a. |
定着地盤が土砂の場合(ソイルアンカー): 円弧すべりに対抗できるアンカー力を設定する。すべり発生時の荷重増大(待ち受け)に対応して設計アンカー力以下で管理する。
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b. |
定着地盤が岩盤の場合(ロックアンカー): 弱層面の挙動に対抗できるアンカー力を設定する。 ダム・貯水池周辺の法面アンカーは斜面安定用であるのでソイルアンカーの設計法を用いている。
|
2)構造物固定用アンカーの設計(現行:建築用は建築学会の地盤アンカー指針に準拠)
ダム堤体、堤体周辺岩盤、港湾の岸壁、長大橋の橋台、建築物の本設・仮設、浮上がり防止等の用途がある。各アンカーは独立して対象物に荷重を伝えるように配置される。
a. |
定着地盤が土砂の場合(ソイルアンカー): 構造物の不安定化(転倒、滑動、浮き等)に対抗できるアンカー力を設定する。地盤内は必要に応じて円弧すべり面を想定する。
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b. |
定着地盤が岩盤・コンクリートの場合(ロックアンカー): 構造物の不安定化(転倒、滑動、浮き等)に対抗できるアンカー力を設定する。地盤内は必要に応じて弱層面を想定する。
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3. |
アンカーの機能分類 |
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用途・定着地盤・設計法・管理・名称による区分 |
アンカー全般を用途や設計法別に整理し、ダム用アンカーの位置を下表に示した。
(ダム用アンカーは青字に該当する)
目的 |
用途 |
定着 地盤* |
設計法 |
緊張管理 |
海外名称 |
日本名称 |
斜面 安定用 |
土砂 |
ソイル** |
円弧すべり面に対抗できるアンカー力を設定する。 |
長期的に設計アンカー力以下となるように監視する。 |
グラウンドアンカーと呼ぶことが大半。 |
グラウンドアンカーと呼ぶ。 (1988年まではアースアンカーの呼称) |
岩盤 |
ロック*** |
弱層面の挙動に対抗できるアンカー力を設定する。 |
構造物 固定用 |
建築物、岸壁、擁壁等 |
ソイル |
構造物の不安定化(転倒、滑動、浮き等)に対抗できるアンカー力を設定する。
土砂部は円弧すべり、岩盤部は弱層面の挙動を想定する。
地震時等の局所応力や変位はFEM解析で確認する。 |
長期的に設計アンカー力以上となるように監視する。(理由として、変位を許さない設計思想がある) |
混在。 |
建築用のアンカーは地盤アンカーと呼ぶ。 |
堤体、堤体周辺岩盤、ゲート固定部、橋台・橋脚等 |
ロックまたはコンクリート |
Post Tensioned
Anchor or
Post Tensioning Anchorと呼ぶことが大半。 |
堤体周辺の岩盤補強アンカーは岩盤PS工と呼ぶ。
堤体のアンカーは堤体PSアンカーと呼ぶ。 |
*: 定着させる地盤によってソイルアンカーとロックアンカーに区分する。
**: 締まった砂層・礫層、風化岩、土丹等を示す。
***: 一般的な岩盤を示す。ロックアンカーと類似のものとして、差し筋、ロックボルト、ロックケーブル等があるが、これらは長さ7m未満であるという点でアンカーと区別される。
4.ダム用アンカーとは何か?
ダム用アンカーとは、ダム堤体、周辺基礎岩盤、ゲート固定部の補強や固定に用いられるアンカーを総称したものである。共通点として、「構造物固定用、かつロックアンカー(岩盤やコンクリートを対象)であること」がある。多くは大容量かつ長尺であり、より高い品質管理と耐久性が要求される。
ダム用アンカーの目的としては、堤体補強だけでなく、岩盤基礎を支える地山の補強、ダムの関連構造物(取水・放流設備、洪水吐き、門柱等)の補強などを含む。
ダム用アンカーは、用途によって「堤体補強、周辺岩盤補強、ゲート固定」の3つに区分できる。その特徴は、海外の堤体アンカーに見られるように、設計荷重 2,000kN以上、長さ50m以上にも達する大容量で長尺アンカーが主流を占めることです。一方、国内の法面用アンカーの大半は、設計荷重1,000kN以下、長さ25m以下でアンカー群として設置される。
緊張管理上の違いで言うと、斜面安定用アンカーが待ち受けを想定して許容緊張力に対して少なめの荷重を与えるのに対して、構造物固定用アンカーは堤体構造物を常時安定的に支えるものとして斜面用アンカーよりも高い緊張力で管理する必要がある。つまり、設計アンカー力より上か下かで両者の長期的な緊張管理方法が違う。
以上のような、大容量・長尺、緊張力管理等の面で、ダム用アンカーは防食・防錆、削孔精度、水密性、緊張・定着方法、試験などにおいてより高度な技術が要求される。
なお、ダムにおいて最も多く使われているアンカーとして、堤体や貯水池の周辺における斜面安定用アンカーがあり、大半は岩盤対象です。ただし、構造物固定用ではないのでグラウンドアンカーとしての現状の設計法で良いと考えられる。
次ページ以降にこれらダム用アンカーの種類別に概要を記す。
5.堤体PSアンカー
堤体PSアンカーは、鉛直方向への岩盤定着によって堤体を固定する補強工法である。ダムの持つ巨大性や重要性を反映して、大荷重・長尺、高度施工管理、長期耐久性等が求められる。
以下は具体的用途である。
・ |
堤体補強(事前対策または事後復旧): 地震による荷重増や大洪水時の貯水位増に対する堤体の固定(堤体と岩盤の締付けによる転倒・滑動の防止、引張応力発生箇所の締付け)
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・ |
地盤補強: 堤体に近接する基礎岩盤の補強(弱層を含む締付けによる岩盤の一体化) |
・ |
嵩上げ: 嵩上げ部躯体のアンカー緊結による堤体の貯水容量増 |
・ |
止水: 開いた水平打継目を鉛直に締付けることによる止水 |
・ |
採用事例: 国内では本格的実績はまだないが、藤原ダム副ダムはPSダムとして新設、千本ダムは止水工事前のリーク止め用仮設アンカーとして施工された。海外では補強工法として普及している。
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藤原ダムの副ダム(1957年にPSダムとして建設)写真:筆者
千本ダム(1990年に仮設アンカーを施工)2019年に国内初の堤体PSアンカーを施工 写真:筆者
アークレットダム(イギリス、2014-15年にアンカーによる耐洪水補強を実施) 写真:筆者
堤体補強におけるアンカーの役割
重力式ダムの安定条件に対するアンカー補強の主な効果は、以下の3点である(図参照)。
① |
ダム堤体上流面に鉛直方向の引張応カを生じる状態の改善効果
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② |
ダム堤体と基礎岩盤の接触面および基礎岩盤内の弱点と考えられる面において、せん断に対する安全性の改善効果 |
③ |
ダム堤体内の応力をコンクリートの許容応力を超えない状態に改善する効果 |
① ダム堤体上流面に鉛直方向の引張応カを生じる状態の改善効果
② ダム堤体と基礎岩盤の接触面および基礎岩盤内の弱点と考えられる面において、せん断に対する安全性の改善効果
③ ダム堤体内の応力をコンクリートの許容応力を超えない状態に改善する効果
図: ダム技術研究所報告第201001号「アンカー工法によるダム堤体の補強方法に関する研究」、
ダム技術センター、2010年9月
堤体PSアンカー案と腹付け案との比較
堤高20mのモデルダムにおいて、堤体PSアンカーに替わる工法として、下図形状の上流堤体腹付けを検討した。
図:ダム技術センター
概略レベルでの比較を行った結果、経済性等の以下項目で有利な堤体PSアンカー案を補強工法として選定した。
1. |
運用: 堤体PSアンカー案は、貯水位を下げないで施工できるため、貯水池運用(用水供給、洪水調節等)をあまり変えずに施工できる。
|
2. |
経済性: 堤体PSアンカー案に対して、上流面腹付け案は約2.5倍以上のコスト高となる。後者がコスト高となるのは、貯水池を運用しながらの施工となるため、大規模な仮締切工が必要となるためである。 |
3. |
工期: 堤体PSアンカー案が約16ヶ月に対して、上流面腹付け案が約65ヶ月と4倍長い。後者の工期が長いのは、左岸と右岸を交互に締め切って施工するために大規模な仮締切が必要となるためである。 |
4. |
既設堤体への影響: 堤体PSアンカー案は、天端からの削孔だけである、既設堤体への影響は小さい。上流面腹付け案は、既設堤体上流面を0.5m程度を斫るため、既設堤体に対する影響も大きい。
|
5. |
止水性: 堤体PSアンカー案は、既設堤体を締め上げるため水平打継目が閉じる。孔内グラウトを行うので水みちを塞ぐ効果もある。 |
6. |
施工安全性: 堤体PSアンカー案は、仮締切の必要がなく、比較的短期間で施工を完了することが可能であるため、施工安全性が高い。 |
7. |
維持管理: 耐用年数は百年とほぼ同等である。ただし、堤体PSアンカー案は緊張力を監視する必要がある。 |
6.岩盤PS工
ゆるみや弱層の多い岩盤を堤体基礎とするために、表層を抑えながら、岩盤内を締め上げる補強工法である。
巨大なアーチダムの土台基礎の補強のために50年前に川俣ダムで開発されました。
以下は代表的用途です。
・ |
堤体周辺基礎岩盤の補強(断層を含む岩盤内締付けによるプレストレス付加)
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・ |
堤体周辺の表層ゆるみの防止 |
・ |
採用事例: 川俣ダム、奈川渡ダム、真名川ダム、川治ダム、温井ダム、奥三面ダム等のアーチダム基礎、宇奈月ダム等の重力式ダム基礎/td>
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真名川ダム1977年完成、堤高127.5m) 写真:筆者160411
川俣ダム(1960-65年本体施工、国内既往最大級の荷重)
現在更新アンカーを施工中 写真:筆者
奈川渡ダム(1961-69年本体施工、堤高155m)
写真:筆者131030
奥三面ダム(2001年完成、堤高116m)
写真:筆者020906
コラム
川俣ダムアンカー工事 何とアンカー施工足場が芸術品として絶賛された!
重力式ダムにおける岩盤PS工(堤体周辺岩盤補強)
重力式ダムである宇奈月ダムや太田川ダムはアーチダムの岩盤PS工と同様の「堤体周辺表層の緩み防止と岩盤内の締め上げ」の機能を持っている。
大規模な斜面安定工と外観での区別がつきくいが、特徴として「大容量、大口径」以外に、
長尺による岩盤深部への荷重伝達を特徴としている。
宇奈月ダム(1990-91年施工、堤高97m:大規模補強アンカー(155tf×480本)が岩盤PS工として設計された
写真:国土交通省
太田川ダム左岸基礎 写真:筆者060208
長井ダム右岸(補修時) 写真:筆者1312
7.ゲート固定用アンカー
ゲートの固定部に集中する全水圧荷重をアンカーによって、ダム本体コンクリートに極力分散かつ確実に伝達させることを目的とする。
ゲートを支えるという点でダム機能に関わる重要な役目を持っている。
PCアンカーと呼ばれることが多い。
ラジアルゲートの軸部やローラーゲート枠部には水圧からの荷重が集中してかかるため、強固な固定が必要となる。ゲートの固定用にはテンションビームが用いられることもあるが、「受圧荷重の堤体内への分散が可能であること、後施工が可能である、経済性に優れる、足場によって良好な施工性が確保される」等の理由で、大規模なものになるほどアンカー工が採用される傾向にある。
右写真のように堤体内にゲート室がある場合は狭小のためアンカーの再緊張や増打ちが難しい。このため、ゲート固定用アンカーは、設計時の許容応力を低く抑えることで、荷重の変動に対しての安全性を高める設計をしている。
PCアンカーに用いた高圧ラジアルゲート図
(図:ダム・堰施設技術基準(案)369ページ)
8.斜面安定用アンカー
堤体及び貯水池周辺の斜面安定用のロックアンカーは、グラウンドアンカーの手法で設計・施工される。
堤体と貯水池周辺の地山変状を抑える目的でのアンカーは、
構造物用アンカーでないのでダム用アンカーの対象外とする。ただし、以下2点に注意。
・ |
貯水池周辺に設置される場合は、貯水位降下時の斜面不安定化対策となる。
|
・ |
斜面安定用は、すべりに対してある程度変位を許す必要から荷重変動に柔軟なアンボンド型が前提となる。 |
藤波ダム左岸051124増しアンカー+抑止杭 写真:筆者
宮ヶ瀬ダム 写真:筆者
寒河江ダム 写真:筆者
大保ダム:2010年完成、堤高77.5m 写真:筆者
コラム
斜面安定用アンカーが施工されたにも拘らず、試験湛水時に地すべり変位が生じたあるダムの事例です。
アンカーを貯水池において斜面安定用に使用した場合、待ち受け的な設計思想から、アンカーはある程度すべり変位が生じた時に最大の抑止効果を発揮することになるが、これは地すべり対策において合理的な設計法である。
一方、地すべり変位をどうしても起こさせたくないためには、構造物固定用アンカーを採用して、常に設計アンカー力以上の緊張力がアンカー頭部に働くようにしなければならないが、緊張力管理が結構難しい。
9.アンカーの長期信頼性は?
国内ダムにおいてアンカーを使う提案をした場合、有識者でも「長期信頼性に問題あり」と反対する人が度々居る。長期信頼性指摘の主な疑問は「耐用年数が短い、将来に緊張荷重が下がる」の2点である。
以下にそれに対する回答を述べる。
「耐用年数が短い」は、過去にアンカー鋼材の腐食による事故が何度も起きていることに拠っている。確かに、これらの大半は防食仕様が不十分であったことに原因があるが、1990年以降に2重防食が義務付けられるようになって以降、防食仕様は各段に進歩し、PC鋼材の腐食の問題はよほどの酸性環境でない限りほぼ解決されている。また、PC鋼材の遅れ破壊対しては、圧延工程で長さ方向に強度の増すPC鋼より線の方がPC鋼棒よりも強いこともあり、現在はPC鋼より線が使われている。
「将来に緊張荷重が下がる」は、上述の防食仕様の徹底に伴って将来にPC鋼材が痩せ細るということはほぼ無くなっている。また、定着体のグラウト品質の向上、定着・緊張器具の改良によって緊張力は長期的に保持される。さらに、計測技術の進歩によって長期的な緊張力監視が可能となっている。
ただし、油断禁物で、「品質保証された鋼材や周辺機材を使う、グラウト品質を確実に保つ、丁寧な施工を行う、計測監視を確実に行う」等が必要である。ダムは事故があれば甚大な被害につながり得る重要構造物であるので、より安全な設計・施工を行うために、早急に適切な技術指針を作成し、知識周知を徹底する必要がある。
上記の至近30年の防錆防食技術や計測技術の進歩によって、近年のアンカーの長期信頼性は各段に高まっている。アンカーに疑問を呈する人たちには、「アンカーは仮設物でなく、長期耐久性を有している」ことを、アンカー技術進歩の周知を通じて、理解してもらう努力が必要である。
10.欧米豪ではなぜダム補強が多いのか?
ダムは長期的にダムを使用することが原則であるが、欧米豪ではリスク評価によるアセットマネジメント計画に基づき補修・補強を進めている。日本も近年、長寿命化計画やダム再生ビジョン等で既設ダム補修・補強の重要性を強調しているものの、予算制度が立ち遅れている。
以下に
欧米豪の状況を紺色で示し、
日本の状況を赤字で示す。
● |
古いダムの多さ: 建設後50年〜100年以上経過の古いダムが多いが、これらのダムは現行の安全基準をみたしていない。日本も同様の状態にある。
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● |
設計外力の増大: 近年の設計では、洪水と地震に対する設計上の外力設定値が大きくなっている。日本も同様の状態にある。 |
● |
安全管理の制度: リスク評価に基づくダム安全管理の法令を制定し、安全性向上を目指しての補修・補強を根拠づけている。安全にかかわる課題に聖域は無い と考えられている。
日本は、既存不適格の理由で安全管理が義務付けられていない。また、リスク明示に対してタブー視する傾向がある。このため、既設ダムの補強は、貯水容量増や放流能力増等の治水利水機能増大の中で進め、表に出さないことが多い。 |
● |
現実的な補強策: 堤体PSアンカー工のような適用幅の広い補強手段を持っているので、補修・補強に容易に踏み切れる。アンカー施工法への信頼性も高い。
日本では、堤体腹付けが堤体補強の主な対策であるが、大規模な工事となるため、補強単独での事業化は難しかった。堤体PSアンカーを導入すれば、貯水池運用を続けながらの短期かつ廉価での補強が可能となる。
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現地調査を行った2事例からアンカー補強の経緯を記す。
クルニーダムの計画例(Clunie
Dam 英国スコットランド)
1951年完成:
堤高23.8m、堤頂長141m、貯水容量36,400,000m
3、発電:61,200kw
2007年補強:緊張1,400〜2,500kN x 23孔(左岸12孔+右岸11孔)
点検報告書において、PMF(可能最大洪水量)、および地震時の荷重下のダムの挙動をチェックした結果、以下が結論付けられた。リスク評価による決定事項を以下に示す。
1. |
PMFでは、貯水池上昇によって、パラペットを2.9m越える越流が6日間にわたって発生し、越流量は単位幅16m3/sと予想される。 |
2. |
ダム非越流部は、PMF荷重下で転倒に対する十分な安全率を有していない。 |
3. |
追加の損壊モード解析は、基礎岩盤上層の滑動が、転倒より重大であることを示した。 |
4. |
この状況下、水位増は安全率の急な減少をもたらし、クラックに沿った揚圧力の増加、およびc‘がゼロになるにつれてのクラック沿いせん断強度の減少の両方につながり、堤踵部におけるクラック発生によって損壊に至る。 |
5. |
年当り損壊確率は、元の約5000年に1回が今回のアンカー設置によって約50000年に1回に減る。 |
6. |
点検報告書は、低い下流水位時のPMFにおいて1.05以上の安全係数を要求し、870kN/mのアンカー荷重を持って、ポストテンション・アンカーの設置を勧めた。
|
アークレットダムの計画例(Arklet Dam、英国スコットランド)
堤高11m、堤頂長320m、天端幅3.35m
建設の施工期間:1909 – 1914年、
アンカー補強:2014〜15年
目的:安定性確保
設計荷重:3,000〜4,000kN、英国で最大級
|
ストランド:DYWIDAG製、より線数:22本,23本、24本、27本、計64孔、削孔径311mm
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アンカー長:36〜56m うち岩盤部11〜25m
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アークレットダムの所有者 Scotish Waterの概要
・ |
沿革: 2002年設立の公社、政府監督下
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・ |
役割:スコットランド250万戸、15.4万事業所に対する水道補給と下水道処理 |
・ |
2014年収入:約10億ポンド (2000億円) |
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日生産量 上水130万m3/日+リサイクル水84万m3/日 |
・ |
本社:Dunfermline, Scotland
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従業員数:3,600人
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再緊張作業 写真:筆者201506
アンカー補強の決定経緯
1914年に完成し、2014年(現在)も使用している。100歳のダムの未来(the long-term future)を展望して100年後の2114年にも使えるダムとすることを基本方針とした。
↓
いくつかのオプションが、Jacobs Engineering社(世界的Engineering Construction、本社 米国)の支援を受けて、検討された。
↓
堤体天端からの高容量のPS アンカーによってダムを補修・補強することとなった。
選択理由:文化遺産を保存でき、かつより経済的である。