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 シリーズコラム ダム用アンカーを語る 
【第2回】 国内外のアンカー技術史
 アンカー技術の国内外の対比、世界概況、時代別海外事例、国内概況、時代別国内事例について述べます。
千本ダム: 2019年に国内初の堤体PSアンカーを施工開始
千本ダム: 2019年に国内初の堤体PSアンカーを施工開始

1.海外: ダム用アンカー技術の発展史

 ダムへのアンカーの適用は、1930年代以降に堤体や端部の補強に適用されており、北米、欧州、豪州、アフリカ、中東、西アジアで広く実施されてきている。
  • 1928年にフランスのFreyssinetがプレストレッシングに強度の非常に高い鋼線を用いる技術が開発された。そのプレストレス(PS)技術が1934年にアルジェリアのシェファー(Cheurfas)ダムの堤体補強に適用されたのが、アンカー使用の最初である。
  • その後、アンカーはダム基礎補強工法として発展し、フランスのCastillonダム(堤高101m,1948年完成)、Chaudanneダム(堤高73.9m、1953年完成)等のアーチダムで採用された。また、新設ダム堤体にアンカー緊張を採用して経済断面としたアルツナライリジダム(英国スコットランド)が1956年に完成した。
  • 1950年以降、アンカーは、道路法面、地すべり斜面、橋梁基礎、建築物基礎、土留めなどに多く適用されるようになった。橋梁では、PSコンクリート橋が多く採用されるようになった。
  • 1972年にドイツDINにアンカー基準が制定された。1970年代、施工性から緊張材がPC鋼棒からPC鋼より線へ次第に変わった。削孔機の改良も進み、ダウンザホールハンマーの実用化が進んだ。
  • 米国ティートンダムの1976年事故後、既設ダムの安全対策が議論されるようになり、80年代以降、欧米ではダム安全管理のための法整備が為されるようになり、堤体補強の需要が増した。
  • アンカー破断の多発を受けて国際プレストレストコンクリート学会が 調査を行い、1986年にアンカーの防錆対策報告を公表*した。翌年以降、世界中でアンカーの2重防食が義務化されるようになった。
  • 1990年代以降は堤体安定性確保のためのダム用アンカーの数が急速に増えた。これは、安全管理の制度化、防錆性能の向上(2重防食義務化)によるところが大きい。この頃、削孔や計測等の施工技術も急速に発展したことの影響も大きい。
  • 2000年以降: 世界的に大洪水の発生が続いたため、既設ダムで洪水吐き能力を増強する事例が増え、洪水吐き越流部や嵩上げ部をアンカー補強する事例が増えた。
* : 1970年代後半からアンカーの破断事故、機能低下が欧米各地で報告された。これを受けて、国際プレストレストコンクリート学会 (FIP, 現fib) はアンカー分科会(Littlejohn教授ほか)設置により既設アンカーの破断事例を調査して1986年に報告書「アンカーの永久使用として望ましい構造と維持管理」を公表した。

2.ダム用アンカーの近年概況


Source: Rock Anchors For Dams :A Five−Years Update、 Donald Bruce、 2013
図 北米(米国+カナダ)のダムにおけるアンカー工法の採用工事数
図 北米(米国+カナダ)のダムにおけるアンカー工法の採用工事数

1)Cheurfas Dam(シェファーダム)

世界初のアンカーが実施された。現在も機能。世界初の本格プレストレス構造物。

アルジェリア、堤高30m、堤体施工1880-1882年、アンカー補強1934年、1,500ton x 37孔 (4m間隔)、アンカー長60m
世界最初のアンカーは、1934年 アルジェリアのシェファーダムの堤体補強のために大規模に実施された。
シェファーダムは1882年に完成したが、度重なる洪水で堤体に損傷を受け、1927年の洪水後には基礎コンクリートとその上の堤体コンクリートとの間に亀裂が発見された。
亀裂の原因は、鉛直荷重の不足と考えられたことから、1931年から1935年にかけてグラウチングとアンカー緊結による堤体補強と嵩上げが実施された。
緊張力の確認試験(アンカーの残存引張り力の確認及び耐久性の確認試験)は完成後も1945年まで実施され、荷重損失が長期的にほとんど無いことが確認された。乾燥地帯であるが、85年経った現在でもアンカーは機能している。
設計はコイン(Coyne、フランス)で、この頃からコインは天才ダムエンジニアとして世界に名声を馳せることになる。
安定性確保

シェファーダム断面図
シェファーダム断面図
アンカー補強前 → 補強後

図・写真: André Coyne, The application of pre-stressing in Dams, bse-cr-001_1936_2 Jose Toran Pelaez、
第20回大会課題「ダムの嵩上げ」総括報告-、大ダム第11号、1959.11

2)Allt-na-Lairig dam(アルツナライリジダム)

アンカーを用いて堤体断面を細くした世界最初のプレストレストダム。
鋼棒使用だが1,040ton/孔の荷重は今からしても大きい。

1956年完成、堤高24.0m、堤頂長425m、天端幅2.5m
堤頂長425mの中央300mがプレストレスト構造である。堤体1ブロック12.6m長であり,6.3m間隔にPC鋼棒を配置した。重カダムの当初設計と比べて、工事費は同じまま堤高を若干上げて貯水容量を10%増加させた。
・PC鋼棒は、直径28mmを28本一束とし、カプラーで接続されている。一束のPC鋼棒にあたえられる引張力は1,040t (鋼棒1本当り37tで1本ずつ緊張)である。
・第1段:PC鋼棒の下端部は深さ7.1m、直径1.2mの基礎岩盤内の孔に挿入してコンクリートで定着された。
・第2段:自由長であるこの区間は、PC鋼棒表面にグリースを浸み込ませた布テープをまき、更に表面にアスファルトテープをまいてコンクリートとの付着を防いだ。
断面合理化

図: 大ダム1964-11、英国プレストレストダム
図: 大ダム1964-11、英国プレストレストダム

3)Pacoima Dam(パコイマダム)

二度の大地震(1971年、1994年)とその都度のアンカーによって左岸岩盤を補強した。長期計測の草分け。

米国カリフォルニア州、堤高113.5m、堤体施工1926-1929アンカー補強 1975年及び1999年
当ダムは当時世界最大のアーチダムとして1929年に完成した。その後、1971年にサンフェルナンド地震(左岸アバットの最大水平加速度1.25G)が発生し,ダム左岸が被災した。対策として1975年に左岸アバットにコンソリデーショングラウトと12.7mmPCストランド28本で構成されたアンカー35孔が施工された。
1994年にはノースリッジ地震で再度被災し,上流側・下流側ともコンクリートのひび割れ,ダムの傾き,堤頂部の反り,縦の伸縮ジョイントの開き,アバット岩盤の吹付けコンクリートと洪水吐きトンネルのクラック,岩盤の滑り,左岸アバットの岩盤の変位が発生した。
対策として1999年に15.2mmエポキシ被覆PCストランド20本で構成されたアンカー8孔(アンカー長64〜76m)の施工とエポキシ樹脂によるクラックのシーリングが行われ,内部の動きをモニターするためのひずみ計が装着された。現在まで、かなり厳重に維持管理されている。
本事例は,堤体隣接のスラストブロックの補強であるが,数少ない事前と事後の混合対策の事例である。


岩盤の耐震補強

Maximum cross-section
スラストブロック ロックマスA、Bの位置

図: Pacoima Dam After The 1994 Northrige Earthquake: Design, Installation, And Maintenance Of High Strength Steel Rock Anchors, Epoxy Injection, & Extensometers, Dr. Hossam Banna, & Keith Lilley,

4)Warragamba Dam(ウォラガムバダム)

現代堤体補強アンカーの最初。平均荷重1,650ton/孔は1990年代までの最大緊張力。
アンカー権威のLittlejohn博士の協力あり。

New South Wales州、1960年完成、上水道、重力式コンクリートダム、堤高137m、堤頂長290m、貯水容量:20億m3、補強工事:1988年、新堤高142m(5m嵩上げによって洪水対応)
集水域の水理学的調査が行われた結果、ダム堤体の高さと安定に対する安全率が現状の基準を満足しないことが判明した。
そのため、ダムの補強工事が必要となり、コンクリートにより堤体を5m嵩上げし、ダム本体と余水吐きのガイドウォールをアンカーにより補強した。堤体部のアンカーは、ダム頂部から削孔・打設・緊張が行われ、余水吐きのアンカーの施工は監査路内部から行われた。
テンドンには完全に防食工が施された永久アンカーが採用された。
アンカー頭部は再緊張型アンカーヘッドを用いてモニタリングを実施。
非越流部と越流部
安定性確保
アンカー長100m以上の補強は現在も最長級
アンカー長100m以上の補強は現在も最長級
アンカー長100m以上の補強は現在も最長級
http://www.visitsydneyaustralia.com.au/
warragamba.html

5)Ederダム(エダ―ダム)

現代の堤体アンカー工法を確立したドイツ最初の堤体補強アンカー。
大戦爆撃破壊による石積み堤体の弱さを精密な削孔と計測管理で克服した。

ドイツ、堤高44m、1914年完成、アンカー補強1991-92年
重力式石積みコンクリートダムで、貯水量はドイツで最大規模、堤体の基部幅は36m、堤頂部の幅は6mである。
1.補強目的:現在の基準に準拠すると、常時のダムの安定性が確保されていないことが判明し、アンカーで補強した。
2.基礎岩盤状況 :粘板岩と硬質な砂岩
3.アンカーの設計:3次元有限要素法によりダムの安定解析を実施。   堤体上流端に引張応力が発生していたが、2,000kN/mの設計アンカー力により、許容値まで低減させることとした。
4.アンカーの打設間隔:平均2.25mとし、設計荷重4,500kN/本とした。
5.アンカーの設計耐用年数:80〜100年とした。
図・写真: エダ―ダム工事誌; EDERTALSPERRE 1994, Herausgegeben aus Anlats der VCIiederhersteilung der Staumauer
安定性確保


6)Mullardoch dam(マラードックダム)

現代アンカー工法草創期の一つで英国最初の堤体補強アンカー。
部分補強だが荷重1,100ton/孔、深さ50m以上と大容量・長尺。

堤高48m、1951年完成、1990年アンカー補強(中央部の接続ブロック)
水力発電目的のダムで、上流面は鉛直、下流面1:0.7の勾配で、ダムの二翼は、中央で140°の角度で接続する。
この二翼接続ブロックにおいて、1986年7月4日に縦断方向の監査廊への漏水が0.16ℓ/sから5.2ℓ/sに増加した。監査廊内のほぼ水平なクラック(以前から存在)は、1.5o程度まで開いていた。クラックによって揚圧力は大きく上昇した。
対応として、ダム中央の4つのブロック安全性をポストテンションで改善する補強方法が1990年にとられた。

接続部の安定性確保


11、000kNの鉛直アンカー26孔: テンドン径330mm、 深さ50m以上、1束=15.2mmより線37本・重量3.5ton/孔
図・写真: Lessons from historical dam incidents, Environment Agency, UK

7)Stewart Mountain Dam(スチュアートマウンテンダム)

アーチダム最初の堤体補強アンカー。エポキシ被覆鋼より線使用、フルボンドアンカーという点でも世界最初。

米国アリゾナ州、堤高65m、1930年完成、アンカー施工:1991年1月〜11月
現地での加速度が0.34galであることを想定した場合の3次元動的解析が実施された結果、コンクリート打継目の接着不良によりアーチ部が単一体として挙動せず、大地震発生時ジョイントに沿って剥離が起こり崩壊する恐れが判った。
この結果に基づき単一体の挙動を復元させるための対策としてアーチ部に大型のアンカーによりプレストレスを導入してダムを補強する方法が選定された。
ダムの左岸スラストブロックの基礎が多少劣化しており(せん断変形亀裂もある風化閃緑岩に花崗岩が溝状に貫入)滑動する恐れがあった。滑動防止のため左岸スラストブロックを基礎岩盤にアンカー固定することとなった。

耐震補強

アンカー設置状況
アンカー設置状況: 世界で最初にアーチダムにプレストレスが導入された事例である。米国のダムで最初のエポキシ被覆鋼より線を採用し、フルボンドアンカーとした。

ダム全景/ダム全体図

8)Sefid Rud dam(セフィドラドダム)

地震被災後にアンカー補強を行った。定着体を堤体コンクリート内に設置した。

イラン、バットレスダム、堤高106.0m、1962年完成、アンカー補強:1990年11月〜91年4月
1990年地震(Mg7.7)によって堤体に大きな損傷を受けた。修復は以下のグラウト止水工、大規模アンカー工等によって行われた。
a.エポキシ樹脂によるグラウトでの止水
b.クラックの入った水平打継目には、ポストテンションアンカーを施工し、せん断抵抗確保(1 つのバットレスあたり、12 又は6 孔のアンカー施工し、全部で234 孔のアンカーを施工した。

耐震補強

アンカー設置断面図・アンカー配置平面図

Manjil地震1990、修復工事

9)Muldenberg Dam(ムルデンベルグダム)

下流面石積み景観を残して上流面腹付けで全長を補強した上で、中央部の堤高の大きい区間だけをアンカー補強した。

ドイツ、堤高25m、1925年完成、アンカー補強2003年)
ドイツで最長の重力式コンクリートダム。当初目的は発電と飲料水供給であったが、現在目的は、飲料水の供給とMulder Riverの水量調整。
ダム竣工後75年経過した時点で、堤体に相当の老朽化が認められた上、ダムサイト一帯が地震地域であるため、安定解析が行われた。
結果、ダムは現在の耐震基準を満足しないことが判明し、補強が必要となった。温度上昇によるひずみおよび凍結時の圧力に対する安定を確保することも必要であった。
そのため、上流面腹付けで全長を補強した上で、洪水吐き中央部の65mを19本のアンカーで補強した。

耐震補強

自由長部:ポリエチレンシース内にペトロラタム系ワックスを充填
自由長部:ポリエチレンシース内に
ペトロラタム系ワックスを充填

テンドン(φ15.2mmのストランド21本=7本x3束で構成)を天端から19孔設置、計63MN /19= 3,316kN、 平均長=42m)

10)Catagunya Dam(カタグーニャダム)

1960年アンカー緊結のプレストレスダムとして完成。2010年に1,812tonの世界最大容量で全面更新。

オーストラリア・タスマニア州、完成1960年,堤高48m,堤長365m
目的 水力発電、アンカー更新 2009- 2010年
建設当時からアンカー412孔で堤体を緊結し、世界で最も高いプレストレスダムであった。
更新の経緯: 完成後40年経ち供用年数が終了したと考えられたため、テンドン劣化を確認した上で更新を決定した。
アンカーの位置を減らすこと、そのためアンカーの容量(荷重)を大きく出来る工法を捜した。その結果Structural SystemsのBBRVT CONA CMG 9106技術を採用した。(Canning Dam Projectで1999年の実績あり)
定着荷重:17,772kN (1,812t)
テンドン: 鋼より線15.7mm x 91本
アンカー長:78m、うち基礎部30m
施工 :Structural Systems
工期 2009年1月−2010年6月
全面更新

建設工事時の写真
1960年完成当時の断面 2010年更新後も断面形状はほとんど変わらない
2010年更新工事の写真

3.国内: ダム用アンカー技術の発展史

 国内におけるアンカー技術の適用は,1950年代にダムから始まり,1960年代後半からは削孔機の開発とともにグラウンドアンカー施工が本格化し,1990年頃からは2重以上防錆化した現仕様のアンカーとなり一層多くの現場に用いられるようになった。
  • 国内アンカー施工の最初は、藤原ダム・副ダム(1957年施工)である。この時、プレストレストダムと呼ばれる大容量アンカー構造が中央部12mの区間に適用された。
  • 1962〜64年において、川俣ダム左右岸においてアーチダム基礎補強用のアンカー(岩盤PS工)が施工された。その後、奈川渡ダム、真名川ダム、奥三面ダム等のアーチダム基礎において、岩盤PS工が施工された。
  • 1960年代後半、ダム以外でも、道路法面、地すべり斜面、橋梁基礎、建築物基礎、土留めなどに多く適用されるようになった。また、PSコンクリート橋梁が多く作られるようになった。
  • 1968年、大迫ダムにおいて大規模な貯水池法面アンカーが施工された。これは、地すべりアンカーの最初であり、以降は大渡ダムほか貯水池斜面安定用のグラウンドアンカーとして多用されるようになった。
  • 1972年にロータリーパーカッション式の削孔機が初めて導入され、その後普及かつ国産化した。
  • 1977年に土質工学会で「アースアンカーの設計・施工基準」が制定された。その後、法面アンカーの普及や2重防食の要求性能化を受けて、1988年に「グラウンドアンカー設計・施工基準」として改訂された。
  • グラウンドアンカーとしては、1980年代にカプセル型等の防食タイプのアンカー開発が進んだ。この後、防錆仕様の改良、摩擦圧縮型(弱い地盤用)の開発等が進む。
  • 1991年以降、道路法面用や砂防用を中心にアンカー設置数が急増するが、これは需要増とともに、世界的なアンカー防錆の2重化と深く関わっている。
  • 重力式ダムにおける地盤補強用としては、1990年に宇奈月ダム左岸(国内最大級)、2005年に太田川ダム左岸(周辺基礎岩盤用)等が施工される。
  • 貯水池斜面安定用として、1998年金城ダム(拡孔型仕様)、2004年大滝ダム(大規模対策)等、多くのダムでアンカーが使用される。
  • 大規模なアンカー更新として、2017年に三保ダムで地山補強アンカー、2018年に川俣ダムで岩盤PS工の施工が開始された。

4.設置経過年数と旧タイプアンカーの状況


国内の全アンカーの種類別の普及経緯について図に示すが、1988年の土質工学会技術基準改定による二重防食化を受けて、1990年頃から防錆仕様アンカーが大きく伸びてきている。近年は、新設・仮設を合わせて概略、アンカー施工件数で3,000〜4,000件、総延長で2,000〜3,000kmで推移している。
堤体PSアンカーについては、古い時代の施工による旧タイプアンカーが多いことから、その劣化対策は、今後一層重要性を増すと考えられる。
図 北米(米国+カナダ)のダムにおけるアンカー工法の採用工事数
図:グラウンドアンカー維持管理マニュアルP13に加筆

1)藤原ダムの副ダム

当時世界先端のプレストレストダム技術の導入。

(堤体PSアンカー 1957年施工)
日本におけるアンカーは、藤原ダム(堤高95m、重力式ダム、竣工1958年5月)の副ダムへの適用(1957年1〜9月施工)が最初である。天端から鉛直に締め付ける当構造はプレストレストダムと呼ばれ、中央部12mの区間に適用され、安全性を保ったまま断面積を大きく軽減できることを実証した。
60年余経過したが、外観上の異常は全くなく、健全性を保っている。
藤原ダムの副ダム
図: 駒井勲ほか、藤原ダムの副ダムにおける堤体コンクリートのプレストレスについて、土木学会誌43-9、昭和33年9月号
藤原ダムの副ダム

藤原ダム副ダム(1957年施工)
藤原ダム 副ダム
施工 1957年
堤高 24m
孔径 180mm
アンカー数 10孔(1.2m間隔)
テンドン φ2.5mm x 440本をフルボンド
設計荷重 3,058 kN/孔(2,548 kN/m)
全長約 25m

2)川俣ダム岩盤PS工

当時世界を感嘆させたアンカー技術。

川俣ダム(堤高117m、1966年竣工)は、左右岸とも岩盤の亀裂または緩みが多かったために、アーチダムの基礎地盤を補強するために大規模な岩盤PS工が為された。
アンカー工事は1962〜1964年に為されたが、下記3つに区分される。
@ 左岸主要部(ディビダーグ工法):岩盤内に設置したアーチスラスト伝達用地中壁(Transmitting Wall)内の6段のPS坑から山側と川側に削孔し高張力鋼棒を挿入・緊張してプレストレストを与えることで、地中壁周辺の岩盤ゆるみを一体化した。
 240 ton/孔 x 66孔 (5 ton/m2
A 左岸擁壁部(BBRV工法): 地山底部を根固めしたコンクリート擁壁の上から高張力鋼線で締め付けることで地山の補強を行った。
 140 ton/孔 x 60孔 (3.5 ton/m2
B 右岸擁壁部(ワイヤロープ工法): ゆるみ地山を覆ったコンクリート擁壁の上から高張力ワイヤーロープ(アンボンド)を使って締め付けることで地山の補強を行った。
 150 ton/孔 x 36孔 (4.3 ton/m2
岩盤PS工施工時 1962年6月
岩盤PS工施工時 1962年6月
写真:川俣ダム工事誌
右岸の岩盤PS工 川俣ダム直下流左岸の岩盤PS工
川俣ダム岩盤PS工平面図(標高910m)

3)奈川渡ダム岩盤PS工

川俣ダムとほぼ同じ構成、荷重、工法の大容量アンカーが採用された。

アーチ式コンクリートダム、事業者 東京都電力、堤高:155m、頂長:355m、完成1969年
アンカー施工は1965~67年頃で、断層置換部掘削時の岩盤の局部的な弛みを抑え、基礎岩盤全体の一体化を図るため、PC鋼棒を用いた岩盤PS工が実施された。
アンカー設置数: 右岸143孔、左岸28孔の計171孔
削孔の孔径150 mm、深さ40-90 m
テンドン: 27mm鋼棒6本/孔
緊張力:1孔当たり240ton (10ton/m2) 岩盤PS工施工: まずPC鋼棒を孔尻部より6mの範囲をモルタルにより定着し、口元部のアンカープレートを介して地山に載荷し、緊張を数回繰り返し、鋼捧のリラクセーション、岩盤のクリープ等による緊張力の低下が収束した後、セメントグラウチングにより全線を定着した。
奈川渡ダム岩盤PS工
図・写真: Toshio Fujii, Fault Treatment at Nagawado Dam, 1970, 世界大ダム会議 Q37, R9

図・写真: Toshio Fujii, Fault Treatment at Nagawado Dam, 1970, 世界大ダム会議 Q37, R9

4)千本ダム仮設アンカー工事

30年前の仮設アンカー。今年から国内初の堤体PSアンカーを工事開始。

事業者: 松江市上下水道局
工種: 仮設アンカー、グラウチング、堤頂目地処理、バルブ室築造、仮設
施工: 1990年3月〜92年3月

1988年補強対策の基本方針
@ 堤体劣化の進行を防止する。(ダム機能の維持)
A 仮設アンカーでリーク止めを行った上でグラウチングを行い、堤体及び基礎からの漏水防止をはかる。
B 堤体の石張りは現状のままとし、風情ある景観の保存をはかる。
C 貯水位低下が短期間であること

アンカー設置断面図
アンカー設置断面図     図:松江市
アンカー長100m以上の補強は現在も最長級
アンカー工事は、頂部舗装の除去後に、堤頂ダム軸方向に2列のH鋼を置き受圧板替りとし、鉛直方向に計22本(10〜18m長、5mピッチ)のアンカーを設置した。仮設のため最大荷重は20ton程度と高くはない。

5)宇奈月ダム

岩盤補強アンカーは世界有数の規模である。1990年に施工。

宇奈月ダム

黒部川水系、重力コンクリートダム、堤高:97m、頂長:190m、完成2002年

左岸斜面の変状を抑止するため、バットレスウォール、アンカートンネル、補強アンカー等の変状抑止工・抑制工が1990年に施工された。
岩盤補強用アンカーは155tonf x 480本が設置された。
補強アンカー(岩盤PS工)の設計
(柴田功著 「ダムと基礎」から)
ダム上流側の土砂吐導水部の広大な長大斜面は、ダムと同じ寿命を保つ必要がある。そのための主な対策としての扶壁を地山深部とアンカートンネルで緊結する設計をした。このトンネル充填コンクリートにはプレストレスを導入して引張ひずみを生じないようにすることで緊結鋼材の腐食に対処した。
導入プレストレス量は、応急盛土を撤去しなければならないからその効果だったと考えられるモタレ構造の応力4〜5t/m2 を目安とし、総計約80,000t として大掘削斜面安定確保のための本工事を進めた。その後に斜面安定計算がなされた。
その細部設計は、川俣ダムでの設計を準用した。すなわち、DYWIDAG 工法とし、PC 鋼棒の周りをセメントグラウチングしてアルカリで保護して、PC 鋼棒の遅れ破壊を防護する設計とした。
図:宇奈月ダム工事誌

6)奥三面ダム

アーチダムとして最新の岩盤PS工。左右岸とも受圧板を兼ねた擁壁で保護した後にアンカーを設置した。

事業者:新潟県、完成:2001年、堤高:116m
岩盤PS工施工:1995.10〜1999.5
アンカー工: 緊張力50~80tonfで左右岸計36孔

岩盤PS工は、減勢工の導流壁掘削が終了した段階から着手し、次の順序で施工した。
1) 補壁コンクリート施工(法面保護と受圧板)
2) コア採取孔による断層位置の確認
3) 岩盤PSエのアンカー施工
4) コンソリデーショングラウチングの施工
当ダムにおける岩盤PSエの施工間隔は、PSエ1本当たりの受け持ち面積を考慮し、30m2となるH5.OmX B6.O mとした。穿孔機械は、ロータリーパーカッションボーリング穿孔機を使用して、水平下方I5゜にて穿孔(146mm、165mm) した。穿孔完了後、PC鋼棒の挿入を行い、一次注入としてセメントミルクを注入した。硬化後、一次緊張を行い、PSエおよび岩盤クリープを監視し、その後、二次緊張、二次注入を行った。注入時には、圧縮強度試験用の供試体を作成しσ7、σ28日の圧縮強度試験を行った。セメントミルクの配合は、水セメント比で50%とした。
緊張に先立ち供試体の圧縮強度試験を行い18N/mm2を確認後、緊張力のI.2倍の緊張を行った。
  1) 配置: 5.0X6.0m格子
  2)定着長 : 3.O m
  3) PC棒鋼: エポキシ樹脂被覆(二重防食)

緊張力の一覧
表:奥三面ダム工事誌2002年1月
奥三面ダム

5.海外と比べての国内ダム用アンカー史のまとめ

 ダム用アンカーである堤体PSアンカー、岩盤PS工等について、海外と比較して国内のアンカー技術の発展を知ることで、下記のことが見えてくる。

  • 世界におけるアンカーの最初は1934年のシェファーダム(アルジェリア、当時フランス領)であり、プレストレスを導入することによる堤体嵩上げと補強であった。プレストレス橋梁の初登場よりも数年早かった。
  • 国内アンカーの初採用は、1954年の藤原ダム・副ダムとかなり早い時期だった。大容量アンカーは、1960年代に川俣ダムと奈川渡ダムの岩盤PS工で採用され、世界有数の実績国となったが、その後大容量アンカーはアーチダム建設数の減に伴い減った。
  • 国内アンカーは、1960年代から、斜面安定用の需要が増えて、主な用途先となったが、要因として線形の良い高速道路建設のために長大法面が増えたこと等がある。このため、アンカーは、削孔径で165mm以下、設計アンカー力で20~100tonfとより小型化して、群アンカーとして設計・施工するようになった。
  • 1972年にロータリーパーカッション機が国内初採用され、その後の国産化や改良を経て、現在までの削孔機タイプの主流となった。一方、この頃欧米では200mm以上のダウンザホールハンマーが鉱山用に開発され、現在までアンカー施工の主流となった。
  • 1990年以降の国内・海外ともにアンカー施工数が急増したが、国内・海外の共通要因に2重防食化によって、アンカーの信頼性が各段に増したことがある。ただし、国内が孔径165mm以下のアンカーにとどまったのに対して、欧米ではダム用アンカーの需要増等で孔径200mm以上、設計アンカー力200tonf以上と大容量化した。計測技術も各段に進歩した。
  • 現在の我が国は、グランドアンカーを主体に世界で最もアンカー技術を多用する国の一つとなっている。ただし海外と比べて、大容量アンカーに関しては遅れていると言わざるをえない。



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