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『春山遭難』

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2006年4月26

 悲しい出来事があった。3日前に携帯電話で話をし、次に会う約束を交わした友が突然、本当に突然亡くなった。四方山話の第140話「君天命を知る哉」の中で、「アキラーの地雷博物館とこどもたち」(三省堂、アキ・ラー編著)を私に紹介し、忘れかけていた心の奥の扉を開いてくれた彼だ。言葉もない。心の中で『何故だ! 冗談だろ』と叫んでも、返事は帰ってこない。
 友を亡くすということは実に悲しいことだ。一昨年末にも同じように悲しみに暮れたことがある。前日に電話で話をした友が帰らぬ人になってしまったのだ。暮れも押し迫った12月中旬、正月に会う約束をしたまま別れの挨拶もなく、突然この世を去って 逝ってしまった。
 齢を重ねる毎にそういったことが増えると分かっていても、いざ現実になるとその悲しみとショックは簡単に癒すことが出来ない。「悲しみ、苦しみを経験した人ほど優しくなれる」というけれど、「優しくなれなくてもいい、経験したくない」というのが本心だ。特に、元気な姿で会っていた友が、突然帰らぬ人になってしまった場合は尚更だ。

 4月9日の日曜日、車のラジオから流れてくるニュースに我が耳を疑った。友と同姓同名の名があるではないか。一月ほど前に会ったとき『山スキーを楽しんでいるんだ』と聞いていただけに、「山スキーのパーティー遭難」のニュースに『他人であって欲しい』と願わずにいられなかった。しかし、その後流れてくるニュースに不安は徐々につのり、『ウソだよな、彼であるはずがない』と願いつつ恐る恐る入れた彼の携帯電話からは、無常にもより確信を深める応答が機械的に流れてくるだけであった。
どうやっても認めざるを得ない友の死。ある人に言わせれば「50を過ぎれば棺桶から首しか出ていない」とか。確かに昔であれば60直前で命を落としてもなんら不思議はないが、世界一の長寿国の中で60歳を迎える前に亡くなるとはあまりにも早すぎる。

 8日から9日にかけて、長野県内の北アルプスでは、友のパーティーだけでなく山スキーに出かけた人たちの遭難が相次いだ。事故を知らせる新聞記事(2006年4月11日、朝日新聞朝刊)によれば、2日間の気温は平年より低く、山岳部では新雪が数十センチ積もっていたと見られ、遭難のいずれも雪崩が絡んでいたとある。救助された人の話によれば、友人のパーティーも雪崩で3人のスキーを失い、スタートした栂池自然園に戻る途中でビバークしていたという。そこで凍死したのだ。発見されたとき、体温はなんと24度まで低下していたという。さぞかし寒かったことだろう。寒さに耐え忍ぶ彼らの姿を想像すると胸が締め付けられる。どうか安らかに眠って欲しい。

 山は多くの人を魅了し、これまで多くの命も奪ってきた。数年前からは女性も含めた中高年の登山ブームが言われるようになり、それに伴い遭難も増えていると聞く。登山道が整備されて比較的簡単に登れる山でも平地と比べるとその自然は過酷で、どんな山でも“人を魅了する穏やかな顔”と“人を も呑み込んでしまう魔性の顔”を持っている。その魔性の顔を持っていることを承知で登山や山岳スキーを楽しむことが肝要ではないかと、今回の悲しみの中で思いを強くしている。
 その思いを伝え、そして友の死を無駄にしないためにも、当時の過酷な状況を明らかにし、山遊びを楽しんでいる人たちへ警鐘を鳴らすことが、私の役目ではないかと思っている。そこで、遭難当時の気象、特に気温について検証してみたい。

 山の気温は標高が高くなるほど低くなり、100m高くなるごとに0.6℃ずつ下がっていくことが良く知られている。湿潤断熱減率といわれているものだ。栂池自然園は標高1900mであるから、データを集めることが出来た観測所の中で現場に一番近いと思われる長野県松本市(松本空港に設置されているアメダスは標高658m)に比べて、約7.5℃低いことになる。気象庁のデータを調べてみると、4月9日の松本の最低気温は−0.8℃とあるから、栂池自然園付近は、−8℃を下回るほど冷え込んでいたことになる。
 また、風が強いと体感温度も低くなる。一般的には風速1mにつき1℃冷たく感じるといわれているが、これも気温が0℃までに当てはまることで、氷点下になると体感温度の低下はより激しくなっていく。しかも、平地に比べて山は風が強い。当日の松本での瞬間最大風速は9.9mであるが、遭難現場ではこれと同じ程度か、それ以上の風が吹いていたのではないかと思われる。松本での最大瞬間風速と同じ風速の風が吹いていたと仮定すると、体感温度は風によって約10℃は低くなり、気温を加えると−20℃近くの極寒状態にあったと推定される。米国ナショナルウェザーサービスによれば、−20℃の体感温度では「ひどく寒いと感じ、露出した皮膚は5分以内に凍結する」のだそうだ。このような寒さの中に何時間もいれば、必然的に低体温症になり、命を失うことは容易に想像が付く。そのうえ着衣が濡れていたり汗をかいていたりすれば、体感温度はもっと低下し、生命に危険が及ぶといわれている−29℃を下回っていたことは想像に難くない。

 このように、気温、体感温度一つをとってみても、山の自然は極めて厳しいことが分かっていただけたと思う。冬山登山でなくても、友のように山スキー、あるいは山菜取りなどで春山遊びを楽しむ人が結構多い。山に行くなとは決して言わないが、山の自然の厳しさを十分認識し、装備や天気予報のチェックなど事前の準備を怠りなくやった上で、楽しんでいただきたい。そして、周りには悲しむ人がたくさんいることをぜひ忘れないでほしい。(合掌)

【文責:知取気亭主人】

     

 

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